BranNewDays

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 喫茶店でのんびりした後に夕飯を作るべく、家へ帰る前に二人でスーパーに立ち寄った。
「えーと鮭と大根は必須として」
 副菜もちょっと作り置きしたいですよね。
 手早く作れるものを幾つか考えながら、しのぶは商品を選んでいく。
「……買い物上手いな」
「義勇さんが果てなく下手なだけですよ」
「……」
 全く否定出来ない自分が情けない……
「どうせスーパーにもあまり来てないでしょう」
「……そうだな」
 しがない一人暮らしでほぼ自炊などしないため、ほぼ来ていない。コンビニの方が楽というのもある。
「……来てないな」
「これから私が手伝ってあげます」
「……助かる」
 でも全部一人で出来るようにならなくていいですけどね。
「ずっとずっと手伝ってあげます」
「……そうか」
 しのぶの気持ちが分かったのだろう、義勇はしのぶの頭を優しく撫でてやる。
 彼の手が心地よくて堪らない。
「……ずっと頼む」
 彼は彼女にそう静かに告げると、しのぶは任して下さいと微笑った。


‡     ‡      ‡

 そうして買い物を終えてアパートに二人で帰宅した。義勇が鍵を開け、一緒に部屋に入る。
「なんか懐かしく感じます」
「……そうか?」
「あの時、実は物凄く必死だったんですけど」
「その割には大胆だったな」
「もう! 知りません!」
 照れ隠しにそう言いつつ冷蔵庫にしまうものをしまって、しのぶは直ぐに調理を始める。一度使っているので勝手知ったるものだ。
「……俺より分かってるな」
「少しは使いましょうよ」
 憎まれ口を聞きながらのこんな会話が楽しい。
 そして何よりも大好きな人のために料理するのはやっぱり嬉しかった。
 鮭大根やその他を作ってる最中に時折、義勇が覗き込んだり、つまみ食いしようとするのを止めたりを繰り返す。
 この間はしなかったくせに……
「……駄目か」
「駄目です」
 つれなくしのぶが拒否するとしょんぼりした様子の彼を見て、少し可哀想になったので、
「……味見ならいいですよ?」
 しのぶがそう言うとかなり嬉しそうな表情で本当かと聞かれるので、思わず可愛いと思ってしまう。
「熱いですからね」
 一口大の大根を少し冷ましてから義勇の口に放り込んでやる。
 ケーキは駄目で、鮭大根ならいいのかと思ったけれど。
「……熱い、でも旨い」
 一口食べれれば更に食べたくなる、そんな味だった。二人きりであれば食べさせて貰うのは悪くないとすら思う。
「はいはい、でも味見はこれでを終わりですよ?」
「……残念だ」
「もうすぐ出来ますから」
「分かった」
 それを聞くと、義勇は言われもしないのに食器類を二人分食卓へ揃え出した。
 この間は見てるだけだったのに義勇さんも慣れるの早いかも。
 食器を並べ終えると又しのぶの方に戻ってきて一言、
「……見る」
「いいですよ」
「しのぶはやっぱり器用だな」
「そう見えるなら嬉しいです」
 手早く副菜なども作り終え、料理を並べて、二人での夕飯を楽しむ。
 献立は前回とあまり変わりなく、ご飯、お味噌汁、鮭大根、それに小松菜の和え物が増えたくらいである。
「今日のはどうですか?」
「……旨い」
「良かった」
 この間よりうまく出来たと思うんですよね、我ながら。
「今日は和え物も作りましたし、この間よりバランスもいいですよ」
「……流石だな」
 言いながらもどんどん食べていく義勇を眺めながら、凄く幸せだと思えた。
 義勇も義勇で一人で食べる食事は味気ないと感じるようにはなっていた。
 以前は一人でいるのは苦ではなかったんだがな。
 尤も彼が一緒にいたいと思うのは目前にいるただ一人だけな訳だが。

‡     ‡      ‡

 食事は(つつが)なく終わり、気が付けば時計は二十時にい近付いていた。
「もう帰る時間ですか……」
「……そうだな」
「ざんね……」
 そう言いかけたとき、急にしのぶの瞳から涙が溢れ止まらない。
 何で? どうして?
 自分でも分からない。
 帰る、と言うことがなんだかとても辛かった。
 どうしたとも聞かず義勇はしのぶを抱き寄せ、彼女を落ち着かせるように言う。
「……泣くな。俺はここにいる」
 抱き締められながら、頷く。この温かみは嘘じゃないから。
 涙を拭ってやりながら、
「……もう泣かせたくないんだがな」
「義勇さんのせいじゃないです。ただ時たま怖くなるだけです……幸せすぎて」
 今日一日があまりに幸福すぎて終わるのが怖くなったのだ。この温かみから離れたくないと願ってしまう。
「……そうか」
 どういう理由であっても泣かせたくはないのだが、前世はそれほど彼女には過酷だった。そういうことだと理解してる。
 だから黙って更に強く抱き締める。それにホッとしたのかしのぶの体の力が抜けていくのが伝わってきた。
「……月が綺麗ですね」
 暫くしてから義勇の腕の中でしのぶが呟く。
「……ああ、綺麗だな」
 だから彼はそう答えた。窓から見える月は確かに綺麗ではあった。だが、あの日のように寂しい月ではない。
「今日、楽しかったです」
 少しまだ目は赤いが、しのぶは微笑んで義勇を見つめた。
「……俺もだ」
 本当は帰したくないと思うほどに。けれどしのぶに約束を破らせるわけにはいかない。
 だから彼女の頬を撫でながら、そっと優しく口づける。今はこれが精一杯と言うように。
「温かいですね」
「……ここにいるからな」
 しのぶが安心するようにそう言い、
「だから泣くなら俺の前で泣け」
「そうします……」
 私はこんなに泣き虫だったかしら。
 そうは思うが、義勇の前では違うらしい。
 しのぶにとってはそれだけ安心出来る場所なのだろう――彼という存在は。
 何とか落ち着いた様子のしのぶに安堵しながら、
「……送っていく」
と告げた。これは彼が彼女に言わねばならないこと。
「でも義勇さんが大変ですよ」
 このアパートと胡蝶家の距離は決して近いわけではない。前回のように姉に話があるわけでもないからとしのぶは思った。
「胡蝶姉にお前を俺が送れって言われただろう」
 こうなれば義勇は絶対譲らない。一度決めたことを撤回するような柔軟さは元より持ち合わせていない上に恋人の不安をそのままにもしておけなかった。
「……はい」
 彼は自分をかなり心配してくれてるのだろう、それがとてもよく伝わってきた。
「……用意しろ」
「……はい」
 素直に義勇の言うとおりに帰り支度を済ませ、義勇が待っている玄関まで急ぐ。
「……忘れ物はあっても問題ないな」
「ありませんね」
 アパートを出て、月光の下、二人で歩く。どちらからともなく手を繋ぎ合い、ゆっくりと、ゆっくりと。
「明日又逢えますね」
「……ああ」
 月光が二人の影を伸ばしていく……
 明日もいい日でありますように。
 明日がずっと続きますように。
 そう強く願う。
 又、明日――そう言える世界で。
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