I love to you.

4


「……今何時だ」
「知りません……でも真夜中でしょう」
 どれほど抱き合ったのか、気が付けば二人とも疲れ果てていた。
「……風呂の用意してくる」
何とか上半身を起こして義勇はそう言ったが、しのぶがそれを阻むように抱き付いた。
「行っちゃ嫌です」
「こ、こら」
「いーやーでーす」
 やたら扇情的な仕草を見せながら、まるで幼い子供のように駄々を捏ねる。
「自分だけ我慢してたとか思ってませんよね?」
「……それはないな」
「離れたくないです」
「……いや、そのままだと汗だくだろう?」
「……洗ってくれます?」
「なんでお前はそんなに俺に洗われたがる?」
「洗ってくれないと離しません」
「……分かった」
 そう言わなければ絶対離さないとその瞳が語っていた。
「約束ですよ?」
「嘘は言わん」
 納得したらしく漸くその力を緩めてきた。
 優しくしのぶの頭を撫で、今度こそ立ち上がる。
「分かったからおとなしく待ってろ」
「はーい」
 寝っ転がりながらしのぶは上機嫌で答えた。
 お風呂に湯を張り、タオルなどを用意していく。
 ……加減出来ないな。
 しのぶを前にすれば余裕など吹き飛ぶ。もう少しやりようがあったのではないかと思うが、結果がすべてを物語っている。
 無邪気に布団の上で鼻歌を歌う少女を眺めながら、それでもやはり彼女を抱かないという選択肢がなかった。
 暫くして風呂の用意が調ったので声をかける。
「……入るぞ」
「はい、今行きます」
 ぴょんと跳ねるように起き上がり、義勇の元にやって来ると直ぐに彼に抱き付いてきた。 
「……はしゃぐな」
「約束ですから洗って下さいね?」
「……この間と同じだからな」
「全部がいいです」
「……髪も洗ってやるから」
 義勇の最大限の譲歩である。
「分かりました。でも今日はトリートメントもですからね」
「……分かった」
 しのぶの注文に応えるのは嫌いではない。ただ彼が洗うのは乱暴なのではないかと心配はする。勿論最大限気を付けてはいるが。
 そもそも野郎に洗われて何が嬉しい?
 そう思うが、しのぶには違うらしい。
 二人でシャワーを浴びるが、その間もしのぶは何かとはしゃぐ。
「うわっ、お湯かけるな」
「だって楽しいんです」
 狭い風呂場だというのに逃げ回るふりすらする。
 とりあえず彼女を捕まえ、ボディーソープを泡立てて、その体を洗ってやる。今度はスポンジもあるのでそれを利用する。前言どおり細かいところは彼女に任せるが。
 まあ、これはある方が便利だな。
 ほぼ何もなかった風呂場が今は賑やかになった。
 ボディーソープにシャンプーだけであったものが、しのぶが指定するシャンプー、トリートメント、それにいくつかの風呂道具たち。
 殺風景だった場所はしのぶのお陰で大分まともになっている。
「[[rb:擽 > くすぐ]]ったいですね」
 前回より余裕があるのか、体を擦り寄せながら義勇に身を任せてしのぶは言う。
「動くな、洗えない」
「嫌ですよぉだ」
「……洗うの止めるぞ」
 業を煮やして義勇がそう言うとピタッと動きを止めて、
「それは嫌です」
 頬を膨らませて言う。
「だったらおとなしく洗われてろ」
「はぁい」
 少し不満げに応えるが、直ぐにお風呂場を見て機嫌を直す。
「前に頼んだの、ちゃんと揃ってますね」
「お前が言うのを一応揃えてはみたが」
「……義勇さんがどんな顔で買ったのか見たかったです」
「いや、普通の顔だが。そもそもお前が前もってメモをしておいてくれたからさして困らなかった」
 そう、それがなければ恐らく選ぶのにかなり迷ったに違いない。
 普段何でも適当で済ませている義勇には店にあるシャンプーやらトリートメントやら余りに種類が多過ぎて、どれがどれだか分からない有様だ。
 全くしのぶのメモが無ければあの中から目当てのものを探し出すのは不可能だったろう。
 馬鹿真面目に応える恋人に愛しさを覚えつつ、でも、私のために買ってきてくれたんですよね、と嬉しくなる。
「お役に立てて何よりです」
 彼に任せてたら何を選んで来るか分からないので、予めメモを渡しておいたのが功を奏したようだ。
 どうやら正解だったようです。一緒に行ければ一番良かったんですけどね。
 そこだけがとても残念だった。
 体を洗うのが終われば、今度は髪の毛を洗って貰い、次にトリートメントまでやって貰う。やり方など分からない義勇にしのぶが説明しながら、ではある。
 彼女の髪を洗うことに関しては彼なりに事細やかに丁寧に行うので今回はしのぶも満足であった。
 義勇さんの手とか指が気持ちいい。
 ずっと洗って貰いたいと思うほど。
 楽しい時間は直ぐ過ぎちゃうんですよね。
 そう思ってるうちに今回ももう終わってしまい、無情の一言が聞こえる。
「……冷えるから風呂入ってろ」
 言われたとおり、しのぶは湯船に入るものの、じーっと義勇を見つめていた。
「……一緒に入るって言う気だな」
 さっきまでの丁寧さは何処へやら、いとも簡単に自分を洗いながら義勇が言えば、
「分かってるなら早くして下さい」
と返事する。
 そして義勇が洗う姿を見ながら、自分のことに関しては本当に無頓着ですねと思う。
 いつか絶対、私が洗ってやります……
 そのためにどうしようか考えながら義勇の答えを待つ。
「……狭いだろうが」
 どう答えようが答えは分かってるだけに。
「嫌ですね、それがいいんじゃないですか」
 にっこりとしのぶは微笑う。
 やっぱりこいつには勝てない……。
 そうしか言い様がなかった。
 そして今回もしのぶの願いは叶えられるのだった。

‡     ‡      ‡

 風呂から二人で上がり、ざっと髪の毛を乾かす義勇にしのぶがドライヤーを用意しながら言った。
「ドライヤー使わないんですか?」
「それはお前用だからな」
 彼としては本気で彼女のために買ったものなので当たり前の答えだった。
「じゃあ私が乾かしてあげますから座って下さい」
「……いや、い……」
 断ろうと彼女を見遣ると、じーっと義勇を睨んできた。
「……分かった」
 無言の圧力に負け、義勇はしのぶの前に座る。
「ちゃんとすればもう少しマシになりますよ」
「お前が先に乾かした方がいい」
「ちゃんと乾かします、義勇さんを乾かしたら」
 そう言い、丁寧に義勇の髪を乾かしていく。不思議と彼の髪は硬いのだが心地よくて、ずっとそのまま触っていたいとすら思うほどに。
「乾きましたよ」
「ああ、有り難う」
 確かにいつもよりは髪が幾分柔らかく感じ、成る程と感心する。
「義勇さんにはまだ女の子の髪を乾かすのは難しいですから私がやりますけどね」
 うん、そのうちやって貰いますけど、と心の中で付け加える。
「……そうしてくれ」
 鮮やかにドライヤーを使いこなすしのぶを見ながら、確かに自分では無理だなと義勇は思った。
「……朝になったら送る」
 今更ではあるが、早めに帰すべきだろうとそう言ったが、しのぶはさらりと言い返す。
「明日の夕方でいいですよ」
「……いくら何でも遅すぎないか?」
 今回のことでカナエはお冠のはず。だからこそ早く帰った方がいいだろうと思ったのだが、次の一言で納得する。
「どうせ起きられないと思いますよ?」
「……」
 時計を見れば既に午前三時を過ぎていた……
「……そうだな。とりあえず寝るとしよう、疲れただろう?」
 正直に言えばくたくたではあったのでそこは素直に頷く。
「とりあえずこれでも着て寝ろ」
 今日はいきなりの泊まりであったのでしのぶのパジャマはない。だから代わりになるようなもの、自分のTシャツを投げて渡した。
 しのぶは受け取ると嬉しそうに微笑い、シャツに頬ずりをする。
「義勇さんのシャツですね。うふふ、義勇さんの匂いします」
「……洗濯はしてるぞ」
「……そういうことじゃないですよ」
「そうか」
 義勇の様子をよそにしのぶはしゃぎながら袖を通した。
 嬉しさは分からないが、それでもその様子は愛らしかった。
「久しぶりに義勇さんと一緒です」
「俺と寝て楽しいか?」
「勿論です!」
「……その前にシーツは換えるか」
 先ほどまで激しく抱き合っていたのだから当然だが、汗や何かで湿りまくっていた。
「……そうですね」
 二人がかりでささっとシーツを取り替え、整える。
 なんか同棲しているみたい……
 毎日ならもっと幸せなのに、そう強く思う。
「……ほら」
 先に義勇が布団へと入り、しのぶを呼び寄せた。
 しのぶは喜んで、
「義勇さんっ」
と呼んで飛び込むようにして抱き付く。
「寝にくいだろう?」
「義勇さんに包まれてるから平気です。これからパジャマこれでいいです」
「俺の着て何が面白い?」
「本当、そういうところは鈍感ですよね」
「悪かったな」
「そんなところも好きなんですけど」
「……!」
 しのぶが続きの言葉を言う前にその口を塞ぎ、抱き締める。照れくさくなってどうしようもない。
 優しいキスを受け入れながら、しのぶも彼の腕の中で幸せを噛み締める……
 やがてどちらからともなく眠りに落ちていく……互いの温もりを強く、強く感じながら。
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