I love to you.

9


 約束どおりこの間と同じ場所、同じ時間でで待ち合わせをし、やはり二人とも早めに着いていたところまで同じになっていた。
「……又同じですね」
「……そうだな」
 照れくさそうに互いでそう言い合う。
 今日の義勇の出で立ちはブルーのYシャツに黒いズボンという簡素なものではあるが、彼によく似合っていた。
 ジーンズと又違った感じですよね。格好いいったら!
「義勇さん、よく似合ってます」
 周りの視線も当然、義勇に向けられるものが多く、少し嫉妬が湧いて出る。
 この人は私の恋人なんですからね!
 男性陣からの彼女への視線も相当多いのだが、それは気が付かない。
「選んだお前が趣味がいいからだろう。お前もよく似合ってる」
 悩みに悩んだ衣装を褒めて貰って嬉しい限りである。今日のしのぶは花の模様のある白いワンピースとカーディガンである。
 褒めてくれた!
 それだけで昨日悩んだ苦労が報われる。
「……今日は何処がいいんだ?」
 義勇がそう尋ねると、
「もし義勇さんがいいなら一緒に行ってみて欲しいところがあるんですけど」
 そうしのぶが答えた。
「お前が行きたいところなら俺は構わんが」
「博物館でちょっと面白いのをやってるので」
「博物館?」
 意外なものを言うなと義勇は思う。しのぶがスマホを出しながら、
「はい、この先にある歴史博物館で今ちょうど大正時代の生活展みたいなのをやってるんです。だからちょっと見てみたいなとも思いまして」
 画面には展示内容について書いてあり、しのぶの言うとおり大正時代をテーマにしている展示らしい。
「……そうか」
 それだけで何故行きたいのか分かったので義勇はスッと手を出す。
「義勇さん?」
「行くぞ。何処でやってる?」
「えと、ここから電車で二十分くらいのところでやってます」
「なら直ぐだな」
 差し出された手に自分の手を乗せ、しのぶは嬉しそうに答えた。
「はい」
 二人でそのまま電車に乗り、博物館へと向かう。電車に乗ってる間もしのぶが話して、義勇が相槌を打つのは変わらないが、どちらも楽しそうにしている。
 彼は気が付いていないが、彼女を見ている時は然り気無い笑顔が多くなっていた。
 ……他の人には見せたくないが本音、このままずっと独り占めしていたい。
 学校ではいつもどおり無表情だから自分にだけなんですよね……
「どうした?」
 自分の顔をじっと見つめてくるしのぶに義勇が尋ねる。
「何でも無いです。こんな時間も楽しいですよねって思って」
「……そうだな」
 しのぶの誘いが無ければこうして出かけることも無いだろうし、何よりも笑っている彼女を見ているだけで価値があると義勇は思う。
 そうして二人でとりとめない話を続けているとあっという間に目的の駅に着いていた。
 電車を降り、博物館まで辿り着くと、休日と言うこともあってそれなり混んでおり、(はぐ)れたりしないように義勇の腕にしのぶは捕まる。
 二人で並んで目的のところまで向かうと、展示品はかつて過ごしていた時代を思い出すのに十分過ぎるほど揃っていた。
「……何かとても懐かしいですね」
 しのぶがそう呟くと、義勇も同意する。
「……そうだな」
 あの時代の家族の生活が復元してあり、家具も当時のものが置かれていた。
 もしあんなことが無ければ家族とこんな風に暮らせていたんでしょうか。
 でもそれだと義勇さんに逢えない……カナヲにも……
 ずるい考え……
 でも鬼殺隊時代での思い出が多すぎて、それがない自分は考えられないのも本当のことだ。
「……俺もそうだ」
 不意に義勇がそう言った。
「え?」
 一瞬、何のことか分からず戸惑うが、彼は続ける。
「お前が今、考えてることと同じだ」
 自分の様子を見ていて同じように感じてくれたのかと思うと思わず泣きそうになるが、場所が場所なので堪えた。
「一緒、ですか?」
「……ああ」
「なら嬉しいです」
 そう言って彼の腕にしのぶは抱き付くと、義勇は黙って反対の手でその頭を撫でてやる。
「……お前が笑ってくれればそれでいい」
「……はい……」
 それは彼の本音、彼の本心。
 しのぶにはいつも笑っていて欲しいと願う――あんな別離(わかれ)は二度と味わいたくない。
「私も義勇さんには笑ってて欲しいですよ」
「……そうか、笑うのは苦手だがな」
 そうですね、お陰で不意打ちで笑ってくれると心臓に悪いですとしのぶは思う。それでもやっぱり彼には笑顔でいて欲しいと思っている――出来れば自分だけに。
「でも義勇さんが気が付いてないだけで結構笑ってくれてますよ?」
「……」
 しのぶがそう言うと、義勇は驚いた顔をしている。
「やっぱり気が付いてないんですね」
「……笑えるならそれはそれでいいな」
「そうですよ」
 そんなことだけでもお互いで嬉しくなる。
 幸せってこういうことを言うんですかね。
 二人でそのまま博物館の中を見て回り、気が付けば既にお昼の時間になっていた。
「お昼は何にしますか?」
「お前の好みで構わない」
 しのぶの質問に答えになっていない答えで義勇が答える。
「いつもそれですよね」
 不満と言うほどではないのだが、もう少し協調性が欲しいとは思う。
「そもそも俺の好みはお前が分かっているだろう?」
「それは……そうですけど」
「お前に任せきりで悪いがな」
 悪いと思ってはくれてるのかと思うと最早許すしかない。
「一応この辺のお店も調べてきたんですよ。こことかどうでしょう?」
 と自分のスマホの画面を見せた。
「お前がいいと思うなら正解だと思うが」
「義勇さんの意見も聞きたいなって思ったんです」
 暫く考えると、義勇は一つの店を指し示した。
「だとしたらここがいい。お前の好きなケーキがある」
 名前まで覚えてはいないが、あのケーキに似ている画像がそこにはあった。
「……覚えていてくれたんですね」
 たった一回のことなのに。
 それだけのことでこんなに嬉しいと思えるのは何故だろう。
「じゃあ、そのお店に行きましょう!」
 義勇さんが選んでくれたんですから!
 彼の手を引っ張り、しのぶは目的の店に向かう。

‡     ‡      ‡

 目的の店はそこそこ混んでいたが、さほど待つこと無く入店出来、注文まで滞りなく済んだ。
 お昼を二人で食べながら、いろんなことを話す。何を話しても楽しい。
 学校について、家族について、主にはしのぶが話しているが、偶に義勇も話してくれる。
「そういえば義勇さんの趣味って」
 覚えているのは一つしか無いけれど。
「……俺の趣味はないに等しい」
「あるにはあるってことですよね」
「お前と詰め将棋しても仕方ないだろう?」
 あれを趣味と言えるのか分からないがと義勇は思う。そもそもそれすら禄にやってもいないのだ。
「……今もそれですか」
「悪かったな」
「今度お付き合いましょうか」
「無理しなくていい」
「無理でもないですよ?」
 クスクス微笑うしのぶが可愛いと思いつつ、
「まあ、いつかな」
 そう答える。
 そうこうしているうちに食事は終わり、しのぶはメニューを再び見ながら言う。
「又ケーキを一緒に食べてくれる約束ですよね」
「……ああ」
 彼女が嬉しげに店員に追加注文をしている様を見ながら何でもない日がとても愛おしいと思う。
 嘗てを思えばこんな日が来ることすら考えたことさえ無かった。生と死が隣り合わせだった日々は最早遠いが、忘れように忘れらない。
「義勇さん?」
「いや、何でも無い」
 優しく微笑んでくれる恋人は何ものにも代えがたいのだと改めて感じる。
「ただいいなと思っただけだ」
「……そうですね」
 同じようなことをしのぶも思っているのだろう、言葉にしなくてもそれは分かった。
「ケーキ、楽しみですね」
「お前は苺が好きだな」
「苺だけじゃなくてチョコレートケーキとかも好きですよ」
「俺には違いがよく分からん」
「流石に苺とチョコレートは違うの分かりますよね」
「……まあ、その程度なら」
 興味が無いとまるで分からないあたり変わってないですよね。
 そんなところも好きですけど。
 暫くするとしのぶの前には苺のケーキと紅茶、義勇の前にはコーヒーが置かれた。
 早速美味しそうにケーキを頬張る恋人を眺めながらコーヒーを飲む。
「義勇さん、あーん」
 先日のように一口大にしたケーキをフォークに乗せて義勇の方へと持って行く。
「……またそれか?」
「いいじゃないですか。そのためにケーキを一個だけ取ったんですから」
「……分かった。約束だしな」
「はい、あーん」
 言われるままに口を開けて、ケーキが運ばれるのを待つ。すると直ぐに甘さが口に広がる。
「……甘いな」
 前回と変わらないそっけない感想が出る。しかしそれがしのぶには嬉しい。
「ケーキですから」
 ――そうして午後の昼下がり、恋人たちは楽しい時間を過ごす。

‡     ‡      ‡

「会計してから行くから外で待ってろ」
「はーい」
 レジが少し混んでいるので義勇はそう言い、しのぶも了承して店の外へ出た。
「結構かかりますね」
 暫くしても義勇が来ないのでそう呟く。
 それにしてもまた義勇さんに奢って持っちゃいましたね。
 デートだろうが買い物だろうが義勇はしのぶには財布を出させない。以前、買い物を先にしたときも後で返してきたほどである。
 律儀ですよね。
「何、お姉さん、お店一人で入れないとか?」
 不意に声が聞こえたが、自分相手とは思わないのでそのままにしていた。
「ねーねー、お姉さんってば」
「……もしかして私のことでしょうか?」
 振り返るとあまり素行の良さそうではない、しのぶと同じ年ほどの少年たちが立っていた。
「俺らが一緒に入ってあげようか」
「必要ありません」
 きっぱりとしのぶは断り、店へと視線を戻した。
「無視しなくてもいいじゃん。折角の親切だよ?」
 そう言ってしのぶの肩に手を回そうとするので咄嗟に避ける。
「冗談も休み休みにしてください。私はお断りしているでしょう」
「つれないなあ」
 ニヤニヤとしのぶに向かって嫌な笑いを向けてくる。
 この少年達の軽さ、何かを思い出して嫌な気分にる。
「おねーさん、どーせ一人なんだからさ、俺たちと遊ぼうよ?」
 不快度がまさに振り切れようと言うときに、しのぶの背後から声がした。
「……しのぶ、待たせた」
「――!」
 声のする方へ迷いも無く向かい、その背に隠れた。
「しのぶ?」
「……」
 しのぶの脳裏に浮かんだのは――前世の最期の記憶。自分自身をぶつける以外なかった、あの記憶。
 決して思い出したいものではない。
 小刻みに震えている恋人に頭の血がざっと音を立てて昇る。
「貴様ら、こいつに何をした?」
「なにもしてねえよお」
 チャラチャラとした様子で少年達は言うが、義勇は凄まじい形相で睨み付け、
「何をした?」
 低くドスの利いた声で再度そう言った。
「な、何もしてねえよ!」
 鋭い殺気を感じたのだろう、少年達は一目散に逃げていく。目障りな連中だが、追うつもりはない。それよりも背後で震える少女のが大事だった。
「大丈夫か?」
「だ、い、じょうぶです」
「何かされたのか?」
「違います……あんなのは何とも……」
 今にも泣きそうな表情でしのぶが言うので、雑踏では落ち着かないだろうと彼女の肩を抱き、近くの公園まで連れて行く。
 人通りの少ない場所を選び、しのぶを座らせる。
「何か飲むか?」
 そう言っても首を振り、義勇にしがみ付く。
「……言いたくないならそれでいい」
 彼女の隣に座り、彼女の肩を抱いて落ち着くのを待った。
「……ごめんなさい」
「お前は悪くない、一人にして悪かった」
 元々しのぶは異性に人気がある。その彼女を僅かとはいえ一人にしてしまったのを後悔していた。
「……義勇さんが悪いんじゃないです……ただ思い出してしまって」
「思い出した?」
「上弦の弐のことです……生きてるときの最期の記憶が思い出されて……」
 それだけを聞き、義勇は彼女を抱き寄せて、静かに言った。
「……忘れていい、お前はここにいる」
「……義勇さん」
 ぎゅっとしがみ付き、彼の温かみを求める。
 義勇の鼓動が聞こえ、その音でしのぶはだんだんと落ち着いてきた。
「義勇さん、いますね……」
「ああ、いる」
 漸くほっと息をつくことが出来た。
 大丈夫、義勇さんと一緒だから。
 この温かみはここにあるから。
「俺はここにいる」
 再度、義勇はしのぶに言い聞かせるようにそう言った。
「……はい」
 そう答えて、素直に義勇の胸に甘えると、彼は黙って彼女の頭を静かに撫でてやるのだった。
 どれほど時間が経ったのか、しのぶには分からないが漸く落ち着いて彼の方を見遣った。
「落ち着いたか?」
「はい、有り難うございます」
 彼女の顔を撫でながら、義勇は顔色が好くなっていることを確認する。
「……みっともないところ見せちゃいましたね」
「みっともなくない。お前がそうなるのは当然だ」
 実際、どれだけの恐怖だったのだろうとは思う。死ですら恐ろしいものだというのに自ら囮になって彼女は死んだ。今、又彼女が同じことが出来るかと言えば出来ないだろうと思う。
 そのくらいあの戦いは過酷だった、そういうことだ。
「俺はお前のようには出来なかった。お前はお前の戦いをしただけだからな」
 それは彼が送る彼女への褒め言葉。
「……優しいですね」
「お前にだけな」
 いつもながら言葉は少ないが、その間にある言葉はしのぶには伝わる。
「……義勇さんに逢えてよかった」
「……そうか」
「義勇さんは?」
「俺もだ」
 その言葉がどれほど嬉しいか分からない。だからもっと甘えてみたくなる。
「あの……キスして貰っていいですか?」
「……ああ」
 しのぶの顎をくいっと持ち上げて、自分の唇を彼女の唇へと重ねた。そしてそのまま包み込むようにして抱き締めてやる。
 彼の袖をぎゅっと掴み、しのぶはそれを受け入れる。
 互いに温もりを確かめ合うように求め、これ以上無いくらいに密着していた。
 義勇が暫くして唇を離すと、
「……もっと欲しいです」
 しのぶは彼から離れずそう言った。
「……うちに来るか?」
「……はい」
 躊躇いも無く答え、彼の胸で甘える。
 今日は離れたくない……そう強く願う。
「俺から連絡しておく……いいな?」
 それにしのぶは黙って頷き、義勇は彼女の頭を撫でてやりながら、カナエに連絡をするのだった。
Page Top