I love to you.

15


「……お前に買いたいものがあるんだが」
「へ?」
 食後のお茶を楽しんでいた時、義勇が突然そう言うので、思わず間抜けな対応になった。
「何ですか、急に……」
「お前の趣味に合わせないと意味がないと思ってな」
「いやですから何を言って……」
「これから行くところに付き合って欲しい」
「え、はい、いいですけど」
 さっきから話の流れが分からない。
 何気にこっちを見ようとしないし、おかしな人ですね。
 突如、義勇は伝票を手に取って立ち上がった。
「行こう」
「え、はい」
 訳分からないまま彼を追いかける。会計を終わらせると、義勇はしのぶの手を取って歩き出す。
「義勇さん、何処へ行くんですか?」
「……」
 聞いても答えない。心なしか落ち着きもない様に見える。
 手を握る力が強い……
 いろいろ思うところはあったが、一先ずしのぶはおとなしく着いていくことにした。
「ここだ」
「……?」
 二人が辿り着いたのは街の小さな宝飾店だった。外側からなら何度か見たことのある店だったが、何故ここが目的地なのかと混乱する。
「ここですか?」
 義勇の方へ振り返ると、照れくさそうに告げた。
「……その、だな……お前に指輪を買ってやりたいと思って」
「――! それって……」
 いつから考えてくれてたのだろう。この人のことからとんでもなく考え過ぎるまでに考えてくれたのではないだろうか。
「タイミングが分からなかった。早いほうがいいと宇髄も言ってたんでな」
 当然義勇に考え付くわけもなく、何処ぞの美術教師がもれなく彼にアドバイスをくれたわけと言う次第だ。
 勿論宇髄に言われたからそうしたいというわけでもなく、義勇自身が決めたことではある。
「義勇さん、本当に不器用ですね」
 クスクスとしのぶは微笑う。この人をだから好きなのだと改めて思う。
「笑うな。こっちは真剣だ」
「ごめんなさい。だって可愛くて……でも有り難うございます。嬉しいです」
 それは本当の気持ち。
「……ああ」
 二人で店に入り、見て回る。丁度ペアリングを展示しているコーナーがあったので、そこを指しながらしのぶが尋ねた。
「あの、お揃いでもいいですか」
「……お前が望むなら」
 嫌も応もない。それにそう言って貰えるのが嬉しいと思う。
「普段でも付けられるようなのがいいですね」
「学校では外せよ?」
「……冨岡先生が見逃してくれればいいだけですよ」
「……あのな」
「冗談ですよ。義勇さんも学校では外さないとですもんね」
「……さあな」
 外す気がないと言うことなのだろうかとしのぶは思う。
 まさか……ね。
 堅物とまではいかないが、義勇は至極真っ当に風紀の仕事をこなしている。
 もし……しててくれたら嬉しいですけど。
「どれがいい? 俺には分からんからな」
「最初から諦めないでください」
 いろいろあるので悩むが、自分と義勇に似合うものがいい。
 そう思って見ていると一つ気になったのがあった。
「あ、これがいいです」
 展示されているペアリングの中から一つを指し示す。 素材はシルバーでどちらもシンプルなデザインであったが、女性用には小さく淡い青色と紫色の宝石が装飾されているものだった。
「お前によく似合いそうだな……」
「……はい」
 何故それを選んだのかは聞かずとも分かる。
「これに名前入れたいです」
「……そうだな」
 義勇は店員にペアリングの購入の意思を伝え、刻印も希望した。すると一枚の紙を渡され、それをしのぶに見せた。
「これに刻印したい文字を書けとのことだ」
「何でもいいですかね」
「ここに文字数が書いてあるからこれに合わせてか」
 しのぶは何にしようか少しだけ悩み、紙に書いていく。
「……これで……」
「……分か……った……」
 しのぶが書き上げた文字列を見て一瞬義勇は止まり、そしてふっと優しく笑う。
「その時が来たらもう一度渡す……」
「……はい」
 凄く照れくさいが、それ以外に浮かばなかった。
 しのぶが書いた文字は

―S.T. TO G.T.―

 というもの。勇気はいったが、彼の反応を見る限り悪くはないらしい。
「……俺の指輪はその文字だな」
「……はい」
 今度は義勇が同じようにして文字列を綴る。

―G.T. TO S.T.―

と。
 彼の文字で書かれた文字を眺めながら、しのぶは鼓動が早くなるのを感じた。ちらりと見れば彼もそうらしい。
 恐らく二人揃って赤面してるだろうが、お互いに顔は見られない。
 義勇は気恥ずかしさを隠す様にそれぞれの指輪に入れる文字が書かれた紙を店員に渡し、刻印以外の購入に必要な手続きをして指輪の受取証を貰った。
 しのぶの方へ向き直り、店員から言われた内容を伝える。
「今直ぐは無理だそうだ。文字入れは時間はかかるらしい」
「そうですか。じゃあ、またここに一緒に来られますね」
「……ああ」
 二人で店を出るが、どうにも決まりが悪い。無言のまま互いにゆっくりと歩き出し、しのぶは確認する様に尋ねた。
「義勇さんも同じように書いてくれましたね」
「……そうしたかった」
 そう答えた。
 そうだ、それ以外に答えはない。それに決めたではないか、言葉にすることを惜しまないと。
「しのぶ」
 不意に彼が彼女を呼んだ。
「はい、義勇さん」
 一呼吸置いてから義勇は一言、彼女の耳元で囁く。
「……愛してるぞ」
 言って今日の中で一番照れているのだろう、義勇はしのぶから視線を逸らしている。
「……私も愛しています」
 そう彼に囁き返して、そのまま彼の腕に抱き付いた。
「……照れるな」
「そうですね」
 お互いで赤面しつつもそれでも離れようとは思わない。
 今日のことはこの先増えていく想い出の一欠片、この欠片はもっと増えて行くだろう。

 これからもずっとあなたと。
 これからもずっとお前と。

 ――一緒にいたいから――


END
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