第四話 森の城
ふぁんたじあたいむ~夢みる時間をあなたと~
リビィがヴァーンに連れられてやって来たのは巨大な森の中で一際目立つ白亜の城だった。
そこは巨大を通り越した大きさをした切り株の上に建っており、それに連なるようにして街が広がっていた。城に合わせているのか、色合いは全体的に白を基調にしているようだ。塀や屋根には蔓が伝って葉を茂らせており、森の国らしさがある。
当然城の方も同じように蔓が伝っているが、まるでそれが模様のように見事なものになっていた。
もしかしたら何か意味があるのかな? うわあ、何だかファンタジーっぽいっ!
尤も何よりもリビィが一番驚いたのは城の大きさではあるのだが。
天空から見えた以上に巨大で、リビィがいる場所からではまったく全景が見えないほどだ。
「はあ、おっきい!」
リビィの家は古いお屋敷ではあるけれど、こんなには大きくはない。
自分の国にも城はたくさんあるけれど、ここまで大きいかどうかは知らない。そもそもテレビやネット以外で本物の城など見たことがないのだから当たり前といえば当たり前だった。ロンドン郊外住まいとは言え、観光地は地元だと割合行かないものという典型である。
「ねぇ、ヴァーン、これってどう見てもお城みたいなんだけど?」
「おう、見たまんま城だな」
「ひょっとしてここには王様なんてものがいるわけだよね?」
ちらりとヴァーンを見遣るが、何か企んでる風でニヤニヤ笑っている。
「んー、まぁ、いたりして」
その口調はどうも肝心なことをぼかして話しているようなので、リビィとしてはやはり突っ込んで聞きたくなる。
「……ひょっとしてヴァーンはこのお城に住んでいたりするんだ?」
「んー、住んでたり」
言外にまだ分からない?とでも言いたげで、リビィとしてもこの状況で思い付くことを素直にとりあえず言ってみる。
「もしかして一度では覚えられそうにない、あの長~い名前からしてヴァーンが王様の子供なんてこと言っちゃう?」
「そうそう、実はいわゆる王様の息子なんだなあ、俺ってば」
はい、よく分かりましたとばかりにヴァーンはリビィの頭を撫でてやるが、リビィには当たり前だが面白くはない。
子供扱いしてと腹も立つが、しかしここは冷静に疑問を解消するのが所謂貴婦人の嗜みと言うものだろう。
でも考えてみたら自分は貴婦人でもないのだからと真っ向からぶつけてやる。
「要するにヴァーンってば王子様ってやつなわけ?」
「そうとも言うな」
「えー、何かあたしの知ってる王子様と違うな。王子様ってもっと優しくてかっこいいんじゃないの? そう、女の子には特にだと思うんだけど?」
今度はリビィの逆襲だった。向こうが自分の立場に優位に感じてるのなら、それを突いてやろうじゃないかと思ったわけだ。そしてそれは見事に当たる。
断然と面白くないという顔にヴァーンはなり、リビィに食ってかかった。
「あのな、勝手に想像して決めつけるない。何、そのステレオなタイプは? もしかしてリビィの趣味ってヤツ?」
「さあ、どうでしょーかねー?」
少しは思い知れってんだとリビィはわざと答えない。そう見えなくても結構不安だって言うのに人を担ごうとするんだからと些か憤慨していた。
だいたい、どう考えても思い出してみても自分の知っている限りの王子様像とヴァーンは結びつかないのは確かだったので。
もっともリビィ自身はとてもじゃないけれど、テレビや絵本といった媒体を除いたら王子様という人種とあった試しがないから本当のところは知らない。が、それでも自分より遙か遠くなものだと認識してはいるし、物語としては面白くても実際は違うものだ。
そんなことは自分の国の王室とやらを見れば一目瞭然。
王冠だ何だといろいろ付くと大変なのだ、人間というものは。
故に我ら、平々凡々こそ幸いあれ。
まさにその通り、これってママがよく使う言葉なのよね。人間、平々凡々でちょうどいいって。
今起きてる事態は確かに普通じゃないけれども、自分は至って平々凡々なことこの上ない……多少、お転婆の度が過ぎるといわれるくらいだ、うん。
自分ではそれなりにしとやかにやってると思うんだけどなあ。うん、頑張ってる!
リビィは速攻で自分なりの答えを導き出して勝手に納得すると、ヴァーンに本題について突っ込むことにした。
「で、あたしをここに連れてきたのは? 迷子の保護のため?」
「それもなくもないけど、どっちかつーと親父たちに会わせるためだな」
「親父ってヴァーンのお父さんに? 何で? あたしが?」
「そりゃあ、お前が『金色の乙女』かもしれないからに決まってるだろ」
「『金色の乙女』? なぁに、それ?」
まったく聞き慣れない単語だった。いや正確に言うと言葉の意味は分かるけれど、それが何を指すのかはまったくリビィには分からない。
金色ってことは金髪ってこと? だとしたらなんて単純な。金髪少女なんてそれこそ掃いて捨てるほどいるのに。
けれどわざわざこんな風に言うくらいだから何か特別なのかも知れない。
いったいそれが何だというのだろう?
リビィが幾ら考えても分からないのも当たり前なのだが、ヴァーンに答えを求めると、渋い表情を見せた。
「あー、そのなんだなあ。いや、まあ、それについては俺より詳しいヤツがごまんと城にいるからそいつらに聞いてくれ。俺、普段その手のたぐい勉強の時にすっ飛ばしてるからお前に説明できる自信がないや」
いきなり訳の分からない言葉をふっかけてきた割には情けないお答えであった。
「それって要するにさぼりってこと? ヴァーンってば王子様の割に不真面目だなあ。というか王子様だからなわけ?」
「うるせ、あの子守歌そのものの有り難~い話を聞けばリビィにも俺の気持ち分かるぞ、うん」
ヴァーンはしばし頭を抱えていたが、ぶんっと二、三度頭を振りまくってから、リビィに手を差し出した。
「だーっ、それはどうでもいいや、ほれ、来い」
さりげなく出された手にリビィは迷うことなく、自分の手を乗せる。
「うん」
とりあえず何処だろうと不安なことに変わりないから、やはりヴァーンがそばにいてくれる方が断然心強い。
会ったばかりだけれど、リビィは彼に好意を抱いていた。
なにしろ見ず知らずの、しかも空から降ってきた女の子に対してこんなに親切なのは凄いことなのだと思うから。
自分が反対の立場なら出来たのかなぁと自問自答をしながらも、相手がヴァーンならきっと出来るという結論に達した。
リビィがそんな思惑に填っている間に二人は城の入り口まで辿り着いていた。先ほど入り口は遠くから見たときはさほどそうは思わなかったのだが、やはり大きかった。
改めて目の前に立てばリビィの背の何倍あるのだろうかという質実剛健な扉がそこにはあって、現時点では大きく開門されてはいるが、当然のように屈強そうな門番も二人ばかりきっちり立っていた。
「それにしても見たまんまおっきいねぇ、それに怖そう。この分だとお城の中も凄そうだね」
「んー、ま、確かにだだっ広いな、無意味に。知らないヤツなら簡単には外へは出られないだろうからなあ」
リビィの驚きが面白いのか、わざと不安を煽るようにヴァーンは言う。もっともリビィは目前の光景に気を取られているので気が付いていないから、率直に思ったまま不安を告げてた。
「げっ、じゃあたし、ヴァーンとはぐれたら余裕で迷子だね」
流石にそれは嫌だなあとヴァーンの手をぎゅっと握る。まったく知らないところで迷子というのは恥ずかしいし、恐らく自分で打開できないだろう。頼れるのは今、ヴァーンしかいないからとかなり不安げに知り合ったばかりの少年を見つめた。
すると直ぐさまヴァーンが握り返してきて、リビィに笑顔を向けた。
「大丈夫さ、俺がいるだろう? だいたい置いてきゃしないから安心しろ」
少し意地が悪かったなとヴァーンは今更ながらに反省していた。あんまりにも短時間でお互いに馴染んでしまったから忘れていたけれど、リビィは突然この世界にやって来たのだ、ほんのちょっと何かあれば不安になって当たり前である。
「うん、有り難う!」
繋いでいる手がとっても温かい。
きっと何があっても大丈夫だとリビィは思った。
‡ ‡ ‡
ヴァーンに連れられて城へと入るとまず門番にはじまり、だだっ広い回廊を歩く中、そこいら中にいた人たちが残らず恭しげに頭を下げて挨拶をしてくる。それを見てリビィはやっぱり王子様なわけねと納得していた。
やがて長い回廊を行き着くと一際大きな広間へと出た。
そこには中央に深緑の絨毯が敷かれ、その辿り着く先には周囲よりも数段高くなった場所があり、その上には立派な装飾が施された席が二つあるのが見えた。
いわゆるあれが玉座ってヤツだろうか。絵本とかで見るよりも綺麗。
その席には男性と女性が座っており、緑と茶を基調にした立派な衣装を身に纏っていた。二人の衣装はとても豪華だったが、決して華美ではなくとても素敵なもので、リビィは素直にそれとそれを纏う人たちに賞讃の眼差しを贈った。
でも誰なんだろう? 見たところすっごくエラい人っぽいよね……
リビィが悩んでいると、ヴァーンが躊躇いもせず目前の二人の前に進み出る。
「父上、母上、ただ今戻りました」
恭しくヴァーンが頭を下げるので、リビィも慌ててそれに合わせるように見よう見まねでお辞儀をした。とりあえずは間違えてないことを祈りつつ、顔を上げると女性の方が微笑んでくれたのでひとまず安心した。
しかしリビィはそこではたと気が付く。
ヴァーンが王子らしいとなると、この人たちは王様と王妃様と言うことだろうか。
そう言えばさっきもヴァーンは父上と母上と呼んでいたから予測としては間違っていないと思った。
「おや、放蕩息子のご帰還か。何をしていた?」
「放蕩親父に言われたくないがな」
「血は争えないということね」
クスクスと優雅に笑うと、王妃は息子のそばにいた少女にようやく気が付いた。
「あら、かわいらしい娘さん。でも変わった格好をしていらっしゃるのね。何処からいらしたの?」
「こ、こんにちは、はじめまして。あたしはリビィ、えとエリザベス・ウォルスングと言います。えーと、その、イギリスから来ました」
まったく違う世界で自分の世界の国の名前を言ってもしょうがないのだけれど、他に言い様もなかったのでそのまま言うことにした。
「……エリザベス……ウォルスング? む、ウォルスングだと? それにイギリスとな?」
リビィの名字を聞いた途端、王は真剣な表情を浮かべ、息子に視線を送る。
「ヴァーン、説明しろ」
「説明っても俺もそこまでは。簡単に言えば今日、いつものようにヴェルツェに乗ってたらこいつが降ってきた」
「ほう、そらまた豪快だな」
「んで、此処に連れて来たって話になるかな。でさ、父上、リビィはたぶん『金色の乙女』だろう?」
「可能性は高いな」
「こんなハチャメチャなのがかあ」
言いながら隣を見遣れば、その態度にリビィはむっとしてヴァーンに向かって文句を言うことにした。。
「ヴァーンってばなんか失礼じゃない? だいたいさっきから何さ、それ」
周囲の人間には分かっていることでもリビィとしては訳が分からないままなのだ。同じ単語が繰り返されることは理解しているが、それが何だというのだろう?
「んー、だから『金色の乙女』だって」
「ぜんっぜん説明になってないよ」
ヴァーンにとっては当たり前のことなのだろうが、リビィには当然違う。自分に纏わることなのに肝心の話題が分からないというのはこんなにも不安になることなのだと初めて知った。
「ふむ、それにしては早過ぎるはずだが。まあ、いい。誰か占い師のリア・リーンを呼んで来い」
王がそう言うと近くで控えていたものがそれに応え、直ぐさまその場を後にする。
占い師……初めて会うかも。でも何で占い師?
「さて、エリサベス殿」
「は、はい」
改めて名前を呼ばれてリビィはぴんっと背筋を伸ばした。何しろ王様が相手なのだ。
「なに、そう緊張することはない。ただ話は長くなるだろうから席を用意させよう」
「そうですわね、折角のお客様にお持て成しもしないなんてわたくしとしたことが」
王妃はそう微笑みながらパンパンとを鳴らし、彼女の侍女たちを呼び寄せた。
「お客様がいらしたから急ぎ用意を調えて頂戴な。そこにいる小さなレディのためにね」
「畏まりました、王妃様」
命を受けた侍女たちは王妃に頭を下げると、リビィを一目見た後、にっこりと笑ってその場から離れていった。
「?」
その意味が分からず戸惑っていると王妃から声をかけられた。
「さあ、エリザベスちゃん」
「あ、はい」
「直ぐに用意は出来るからお席まで案内するわね」
王妃は玉座から降りてリビィの側に微笑みながらやって来る。改めて見るととても綺麗な人だなとリビィは思う。
ヴァーンと瞳の色が同じではあるが、快活な印象のある彼と違ってとても穏やかな表情を浮かべてる上品な婦人だった。
さすが王妃様……
「ええと、リビィで構いません。家族も友達もそう呼びます」
それが所作として正しいかは知らないが、エリザベスと本名を呼ばれると何処かこそばゆかったので愛称の方で読んで貰えればと思ったのだ。
「そう? じゃあ、リビィちゃん、こちらへいらっしゃい」
あっさりそれを承諾して王妃はリビィの手を取り、うきうきとしたように誘(いざな)っていく。
「美味しいお菓子を一緒に食べましょう。お菓子好きかしら?」
「お菓子大好きです!」
迷わずリビィはそう答えた。
「あら、良かった。女の子は素敵なもので出来てるものね」
「え」
「どうしたの?」
「いえ、私の国でも同じようなことを言ってるのも聞いたことがあるから」
マザーグースの歌の中であったはずだとリビィは思う。此方でもそんな歌があるのかな?
「そう、同じような物言いがあるのねえ。素敵なことだわ」
くすくすと楽しそうに王妃が微笑ってくれるのでリビィも安心して微笑って返した。この人は信頼出来る人だと感じる。
そりゃそうよね、なんたってヴァーンのお母さんだもんね。
お父さんもカッコいいし。ヴァーンってば本当に王子様なんだなあ。
それにしてもお菓子! どんなお菓子があるんだろう?
ここが何処であろうが、これを楽しみに思わない子どもなどいないだろう。
「それとその衣装も悪くないわ、あなたにとても似合っているし。だけど、こんな可愛い子を着た切り雀にすることなんてさせたくないわね」
「着た切り雀?」
「唐突なことだからあなたは多分直ぐには元のところに帰れないと思うからお着替えも用意しないと」
「そ、そうなんですか?」
直ぐ帰れないのか……
特殊な状況下にあるのだからそれは予想はしていたが、戸惑う気持ちは隠せなかった。
「それについてはこれからお話しするけれどね、安心して頂戴。悪いようにはしないから」
「はい、有り難うございます、王妃様」
王妃はリビィの不安を解すように優しく頭を撫でてくれたので素直に御礼を述べた。
「んー、王妃様だと他人行儀ね。私の名前はエレスシア=ノス・バウ=マ=ヴァルツェン。エレスでいいわ。そうそう呼んで頂戴」
「え、エレス様?」
「様もいらないんだけども、まあいいわ。リビィちゃんにそう呼ばれるのは悪くないわね」
「そうか、では私のこともヴォートと呼んで貰おう。我が名はヴォート=サイラス・バウ=ム=ヴァルツェンだ。もう知り合いなのだから他人行儀はいけない」
他人行儀って……王様と王妃様相手にいいのだろうか。
「親父、お袋、あんまりリビィを振り回さないでね。リビィ、ふたりがそう言ってるからそれで問題ない」
「う、うん、分かった、ヴァーン……様?」
リビィが恐る恐る言うとヴァーンは物凄く嫌そうな顔になった。
「ヤメレ、マジに様いらない。ヴァーンでいい」
「でも、王子様でしょ?」
「俺もリビィって呼んでるからいいんだよ」
それなりに立場というものがあるのではないかと思ったのだが、相手がそれでいいと言うのにそれ以上突っ込むのも野暮なる。幼いながらもそう考えて彼の意を汲むことにした。
「分かった、ヴァーン」
「おう」
「あらあら、すっかり仲良し」
「だってあたしを助けてくれましたから」
「降ってきたんだけどな」
「でも助けてくれたことには間違いないもん」
「ま、そっか」
そう、有り得ない状態だというのにあまり動揺せずにすんでいるのは恐らくヴァーンがいてくれたからだ。
突然のことなのにヴァーンはリビィに優しかった。彼女の言うことを否定もしないし、寧ろ興味津々とばかりに尋ねてきた。尤もリビィの乏しい知識では彼の求める答えはなかなか出せないのだが。
「リビィの話は面白いんだぜ、父上、母上」
「あら、楽しみね」
「お前が言うならそうなんだろうな。リビィの話、私も楽しみにしよう」
「え? でもあたし、その、上手く説明出来なくて」
ヴァーン相手でもなかなか自分のことを説明出来ないのに大人に対して出来るものなのだろうかと少し臆病になる。
「ありのまま話してくれればいいのよ」
「そうだ、難しく考えなくてもいい」
エレスもヴォートも実に朗らかにそう語りかけ、リビィの気持ちを落ち着けてくれた。
「さ、そろそろ準備が出来てる頃ね。リアも来ているはず」
「では参ろうか」
そう言ってリビィに向かってそれぞれ手を差し出した。
「え、えっと」
どうしたらいいのかと思い、リビィが困っているとヴァーンが彼女の隣に立ち、その手を取る。
「約束しただろ」
「うん!」
「あらあら」
「成る程なあ」
エレスとヴォートは自分の息子と異邦人の少女を眺めて微笑み合うのだった。