BranNewDays

10


 テスト期間も無事に終わり、その週末に義勇から電話があった。
 しのぶは自分の部屋で(くつろ)いでいたので突然の着信には驚いたが、相手が義勇だったのでドキドキしながら出た。
「もしもし?」
「……しのぶか」
「はい、義勇さん、いきなりどうしたんですか」
「……明日ならお前の願い叶えられそうだ」
 彼の突然の言葉にしのぶは戸惑う。
 私の願いって……
「約束したからな」
 なおも続ける義勇に思い当たる節をぶつけてみる。
「……もしかしてデートしてくれるんですか」
「……ああ」
ぶっきらぼうな返事だったが、紛れもなく返事はイエスだった。
「……嫌なのか?」
 しのぶが中々答えないので義勇が声のトーンを落としてそう尋ねれば、
「い、嫌なんてないです! むしろしたいです!!」
 思わず大声で返していた。
 とんとんとドアを叩く音がして、
「しのぶ姉さん、どうかしたの?」
「な、何でもないの、カナヲ」
 突然の大声に驚いたのだろう、隣の部屋のカナヲが心配してきたらしい。
「それならいいんですけど……おやすみなさい」
「おやすみ……なさい」
 カナヲが去ったのを確認しつつ、ほーっと息を吐く。そこまで大きな声だったのか。
「あ、義勇さん、ごめんなさい……」
「いや、少し吃驚はしたが嫌でないならよかった」
「義勇さんこそ大丈夫なんですか?」
「仕事ならちゃんと終わらせた」
 本当に約束通り……義理堅い人ですね。
「それじゃあ明日……」
 待ち合わせ場所を決めたり、時間を決めたりと楽しい会話を続けた。今度は大きな声にならないように注意して。
「それじゃあ、お休みなさい」
「ああ、お休み」
 静かに電話が終わると、
「ど、どういう格好にしましょうか」
真っ先にそれが悩みになった。
 いざデートとなればやはり服装には悩むところである。
 どうせ義勇さんはジャージか、いいところTシャツとジーンズでしょうし。
 あんまり浮かないようにしないといけませんよね。
 それでもお洒落に力が入るのは止められない。
 何しろ初デートである。
 クローゼットにある服を片っ端から並べていく。
 これなら。いやでもこっちのほうが……
 服を決めながらも、明日は何をしようかにも悩みまくる。
 一緒にカフェとか行けますかね。
 美味しいデザート食べたりとか。
 義勇さんに似合いそうな洋服も探さないといけませんね。
 以前にはあり得なかったときめき……今は姉さんもいる、カナヲもいる。
 素直に幸せを感じられる……
「あ、姉さんに言わないと……」
 後でデートしましたなんて言ったら怒られるに決まっている。
 階下に降りて、まだ起きていたカナエに呼び掛けた。
「姉さん」
「あら、しのぶ、まだ起きての?」
「明日、なんだけど」
「……冨岡さんとデートとでも?」
「う……」
 先んじて言われるとその後が続かない。
「だってさっきの声、聞こえたもの」
「……」
 そうですか……聞こえましたか。
「学校では我慢してる二人をわざわざ止めませんよ。ただデートだけで帰ってらっしゃい。又お泊まりなんて許しませんからね」
「はい、姉さん、分かってます」
 自分は兎も角、義勇に迷惑がかかるのは何としても避けたい。
「その、夕飯までは一緒でもいいですか」
 食生活はやっぱり心配なので出来れば作ってあげたかった。カナエはしのぶを一瞥してから、
「まあ、そのくらいはいいですよ。その代わり冨岡さんにちゃんと送って貰いなさいね」
「有り難う、姉さん」
 ほっとした様子でしのぶはそう言い、カナエは心の内で妹とその恋人について羨ましいとやっぱり思っていた。

‡     ‡      ‡

 待ち合わせは一つ隣の駅で、朝十時に改札前でと二人で決めた。
 ここなら知り合いに会うのも少ないはず。
「少し早く着いちゃいましたね」
 時計を確認するとまだ少し早い時間だった。
「……しのぶ」
 背後から自分を呼ぶ声がしたので、振り返ると義勇がそこには立っていた。
「義勇さんも早く着いたんですか」
「……まあな」
 あ、照れてる……
「いつもと感じが違うな」
「折角なのでちょっと頑張ってお洒落してきました」
 しのぶが着ているのは薄紫のワンピースに七分袖のボレロで、悩みに悩んで選んだ結果だった。
「……似合ってる」
 ごく自然に義勇の口からそうでていた。実際、とても愛らしいと思う。
「ぎ、義勇さんも似合ってますよ」
 彼が着ているものはTシャツにジーンズと言った簡単なものではあったが、しのぶの言うとおりよく似合っていた。
「……お前に恥はかかせられないしな」
「考えてくれただけで嬉しいですけど」
「何処へ行きたいんだ?」
「いろいろ考えたんですけど有りすぎて……」
「俺の服選んでくれるならそれでもいいぞ」
「そうですね、それからやりましょう」
「……ほら」
 すっと差し出された手に照れくささを覚えつつ、しのぶは自分の手を乗せた。
「照れますね」
「まあな」
 あ、又照れてる……
 こんな義勇さん知らなかった。過去では人を寄せ付けない、誰ともわかり合おうとしなかった彼はどれだけ孤独だったのだろう。
 私といることで少しは救われてくれましたか?
 そう尋ねたいこともある。けれど答えが怖くて聞けない。
 義勇も義勇でこんなしのぶは知らない。前世では常に悲しい笑みを浮かべてた女は今は愛らしく微笑う。
「……そのままがいい」
「え?」
「お前らしい笑い顔だ」
「義勇さん?」
 思わず彼の手をぎゅっと握る。行かないで、行かないでと思いながら。
「……しのぶ?」
「義勇さん、何処かへ行ってしまいませんよね?」
「大丈夫だ、何処へも行かない」
 その答えにほっとすると同時に何かに包まれた。
「……お前も何処へも行くなよ」
 義勇に抱き締められていたのだ。
「ぎ、義勇さん、人がいます、いますってば」
「ここなら見えない」
 ちょうどどの位置からも死角なのだろう、誰も気にとめていないのが分かった。
 変なところで大胆ですよね……
 でも今は離れたくない。
「行きません、あなたの傍にいます」
 ぎゅっと抱き締め返してそう静かに囁いた。
「……」
 暫くしてから名残惜しげに義勇は離れたが、彼女の手は強く握ったままだった。少し痛いほどの力がしのぶには心地いい。
「……行くか」
「はい」

‡     ‡      ‡

「これも似合いますよね。後これも」
「……しのぶ、疲れたぞ」
 義勇の服を買うべく、次から次へと選びまくるしのぶに義勇が弱音を吐く。
 かれこれ何分だ?
 元々着飾ることに興味も無いため、どれがどう違うのかすら分からない。
「もうちょっと頑張って下さい。だいたい服をちゃんと持ってない義勇さんが悪いんですよ」
「まあ、着られるならそれで」
「これからもデートしたいですし、いつもとちょっと違う格好の方がバレづらいでしょう?」
「……それはそうだが」
「それで義勇さんはどれが気に入りましたか」
「……お前がいいって思うものでいい」
「人任せですか」
「俺にその手のものを求めるな」
「もう!」
 でも確かに任せたらこれまでどおりに適当に買うに決まっているので、着回しが出来そうなものを数点選んで、義勇に渡す。
「……これらを全部、買えばいいか?」
「はい、それだけあれば一応大丈夫かと」
 洗濯は出来る人ですし、面倒な生地のものは選んでないので服問題はこれで解決するはずだ。
 レジのところにあったサングラスをふざけ半分でしのぶが義勇に書けてみたところ、破壊力が満点になった。
「えと、サングラスだと余計目立ちそう……」
 と言うか、格好良すぎた……
 本当に顔がいいんだから、この人!
 一方の義勇は自分では分からないので、しのぶの言うとおり外して戻しておく。直ぐ側に鏡はあったが、自分で覗いたりするようなこともなかった。
 しのぶの顔がやけに赤い気がしたのは何故だろうとは思ったが。

‡     ‡      ‡

「お昼は何にしますか?」
「お前の食べたいのでいいぞ」
 服を買うだけですっかり疲れた義勇はそう言った。とは言っても恋人にこうやって選んで貰うのは悪くないとは思う。
「鮭大根のある店の方がいいですかね」
「お前のが旨いから他はいい」
「そ、そうですか」
 嬉しい否定のされ方をしたのでしのぶは少し照れながら言った。
「今日、夕飯くらいは作りに行ってもいいですよね」
「……お前の姉が煩いだろう?」
「夕飯までは許可貰いました。それでその後は義勇さんに送って貰いなさいって」
「……そうか、分かった」
 それは義勇の家に来ても構わないと言う返事だった。
「今日も鮭大根がいいですか」
「そうだな、あれは旨い」
「本当に好きですね」
「……まあな」
 確かに一番の好物なのだが一番の理由はしのぶが作ったものだからこそ、ではある。
「分かりました。今日、たくさん作ってあげますよ」
「……食い切れる程度で頼む」
 実際はいくら作って貰っても直ぐ無くなるのだが。前に作って貰ったあの味は何処で食べたものよりも義勇の口に合っていた。最後の一口がもったいないと思うほどに。
 そもそもしのぶが来なくなるのは嫌なのが一番の理由なのかも知れない。
「ちゃんと量は加減してます。それに何度でも作ってあげますから大丈夫ですよ」
 だってこれから週一でお伺いする予定ですし。
「……頼む」
「じゃあ、お昼は義勇さんが普段食べないようなものにしましょう?」
「食べないような、か。そうだな、しのぶに任せる」
「はぁい、任されました! 行きましょう、義勇さん」
「……ああ」
 しのぶが彼の手を引っ張るようにして歩き出し、義勇もそれに合わせて歩き出す。
「少し先に美味しいって評判のお店があるんですよ。行ってみてもいいですか?」
「……構わん」
 楽しそうなしのぶを見るのはとても嬉しいと義勇は思う。
 あの時だってそうだ、本来なら鬼殺隊などに入らず幸せになれたはずの少女だったのだ。それが鬼によってすべて狂わされた。
 今度は幸せに……してやらないと。
 そう強く願う。彼女のお陰で自分はこれだけ幸せになれているのだから余計に――。

‡     ‡      ‡

 ゆっくりランチをした後で、しのぶが目的としていたカフェに二人はいた。
 いるだけで違和感を感じる義勇だったが、しのぶがはしゃいでるのを見るとまあいいかという気分になるから不思議だ。
 しのぶはケーキのセット、義勇はコーヒーのみを頼んだ。
 コーヒーだけで何種類あるんだかと思ったが。迷い無く選べるしのぶはすごいと素直に驚嘆する。
「このケーキ、可愛いですよね」
 苺のケーキらしいのは分かるが、名前が何か違っていたので彼には分からない。
「……よく分からんが、そうなのか」
「……義勇さんらしいですけどね」
 クスクスと微笑いながらしのぶは言った。本当にらしすぎて、もう。
 本当に今日一日が夢みたいです……
 ふと思いつき、彼に仕掛けてみることにした。
「はい、義勇さん、あーん」
 自分のケーキを一口分を取ると、義勇の口元へと運ぶ。
「……いや、いいぞ」
 流石にそれは照れくさい。
「美味しいですよ?」
「……お前が食え」
「単なるお裾分けですよ?」
「……分かった」
 押しに負けて、義勇は口を開けて、一口食べる羽目になる。口の中が甘さで支配されたのは気のせいじゃないが、甘いの意味はどちらだったのだろうか。
「美味しいですか?」
「……そうだな、甘い」
「もう少し言いようありません?」
「……ない」
「まったくもう!」
 文句を言いたげだが、しのぶはどこか満足そうな表情で義勇を見つめる。
 彼女からの視線に気が付かないふりをして、彼は少し冷めたコーヒーを飲むことに徹した。そうでもしないと自分の感情が見透かされるそんな気がした。
 そしてそれは気のせいではないのだろうと。
 そうして午後の昼下がり、恋人たちの時間は過ぎていく……
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