学校へ行けば義勇に会えるのでしのぶとしては楽しみで仕方ないのだが、残念なことに今週はテスト期間なので極端に会える機会が減ってしまう。部活は休止となるため朝練もないので、お弁当を渡す機会が少ない。
それでも渡せないかと思い、少し探してみる。
流石に職員室で渡すわけにもいかないし……
しのぶが考えあぐねていると、素通りしていく生徒の声が聞こえた。
「最近、冨岡先生かっこいい~」
「ね、なんか前よりいい感じ」
時折聞こえる義勇への褒め言葉は最近とみに増えてる気がする。
嬉しいと同時に面白くない感情が入り交じる。
教師として人気があるのはいいことなのだ、いいことなのだがどうにも胸がざらつく。
こんな嫉妬深かったんですかね、私……
テスト時間も終わっているので、生徒は帰る時間となっている。
お弁当、このままじゃ渡せないまま……
午前帰宅である生徒には不要だが教師の義勇には仕事があるため必要と思い作ったのに。
朝は少しタイミングがずれたのか彼とは会えずに終わった。電車が一本ずれたのかも知れないのでもう少し早く出ようと考える。
義勇さんだってお仕事忙しいですしと言い聞かせるも、結局納得していない自分に気が付く。
ふと見ると、廊下で女生徒に囲まれている義勇を見つけた。
いつもの義勇であり、特にデレデレしてる様子はない。ないけれど、物凄く面白くなかった。
彼の担当教科に当たってないのでしのぶが話しかけるのは難しく、通り過ぎるしかない。
「と、冨岡先生こんにちは」
やや早口に挨拶だけをし、顔をそむけたまま足早に通り過ぎる。
そこにいた他の子たちがしのぶに挨拶をしてきたようだが、耳にはまるで入ってこなかった。
やだ、やだ、何この感情は!
私はこんなに独占欲が強かったのか。
手に入れてもこんなに苦しい……
突然、手を捕まれて、驚いて振り返ると義勇がいた。様子がおかしいしのぶを心配したのだろう、追いかけて来たらしい。
「ぎ……冨岡先生……」
「どうした? 胡蝶」
心配そうにしのぶを見つめる目はいつもの彼だった。
そして義勇はすぐ気が付く。
「……胡蝶、何を怒ってる」
「別に怒ってませんよ、冨岡先生」
気が付かれたらいけない。こんな醜い感情があるなんて。
「嘘を言うな」
「……本当にどうして分かっちゃうでしょうね」
理由を言えば嫌われるのではないかと少し恐れるが、黙っているのもよくないと思い、素直に告げた。
「……他の子といたのが嫌だったんです」
そう言われて、義勇は少し前を思い出す。
先ほど話していたのは体育のクラスを持ってるだけの生徒たちだった。テストについて尋ねたいというので答えてたに過ぎない。顔どころか性別まではっきり覚えてないくらいだった。
「……ただの生徒だぞ」
「最近人気あるんですよ、あなた」
「……」
「何ですかその顔は」
「いや、他がどうだろうと知らん」
「……」
黙っているしのぶの頭をポンッと撫でてやる。
「……弁当」
「あります……」
「朝、逢えなかったからな」
気にしててくれたんだ……
「……それ見ろ」
言いながら紙切れを一枚、しのぶに渡してきた。
それには義勇が乗るだろう電車の時間が彼らしい文字で書いてあった。
「それで分かるだろう」
「……はい!」
このメモ、大事にしまっておきましょう。
朝きっと私を探してくれたのだろうと思うと不思議と先程まで抱いていた不安感から解きほぐされ義勇の温もりで満たされた。
「……約束だからな」
「はい……」
「明日もテストあるから帰れ」
送ってやりたいとは思うが、現状では出来ないのでそう言う他ない。
そうして二人で校舎を歩くが、今は誰もいないらしく静かだった。
「ここで逢えたんですよね」
「……そうだったな」
「あら、覚えてたんですか?」
「そこまで薄情じゃない」
すれ違ったのは四月の初め――そしてしのぶが彼を呼び出した。
既に懐かしい事柄に感じるのは気のせいではないのだろう。
「冨岡先生、テスト終わったら――デートして下さいね」
「……採点終わったらな」
仕事はしなければならないが、いつもより遙かに早く終わりそうな気がしていた。
‡ ‡ ‡
「おう、冨岡、珍しく派手に弁当食ってるじゃねえか」
採点の合間にしのぶの弁当を食べてる義勇に向かって美術担当の宇髄天元がどでかい声で言った。
「……」
「まさかお前が作ったなんてこたぁねえよな」
「うむ! バランスの良い食事は身体の資本だからな! 良いことだ!!」
天元の横にいた煉獄杏寿郎もこれまたどでかい声で言う。
どいつもこいつも声がでかい……
静かに食わせろと思うが、職員室で食ってる自分が悪いとは思う。
早く終わらせたい一心でそうなったのだが、いつも食パンで済ませてる義勇が弁当を食べていればそれは話題にもなるだろう。
「食生活の改善は喜ばしいことですね」
と胡蝶カナエがにっこり微笑いながら言うが、目が笑ってない……
下手に答えるのもぼろが出るので結局義勇は何も言わぬまま弁当を味わうことだけに専念する。
しのぶなりに考えてくれたのか、義勇が持っていてもおかしくないないようにはなっていた。
卵焼き、焼き鮭、ほうれん草の和え物などなど。
外野が煩いが、しっかり味は噛み締める。
礼を言わないとな。
後で……電話してみるか。
そんなことを思いながら完食し、仕事に戻る。
「冨岡、たまには喋れ」
「うむ! 職場のためにも冨岡はもっと話すべきだな!」
「……仕事を終わらせたい」
これ以上、ここにいると更に外野が増えると思い、ただそれだけを言う。本来であれば新任教師なので周りに気を遣うべきなのだろうが、義勇にそれが出来るわけもない。
「まあまあ、皆さん、お仕事のじゃまをしては悪いですよ」
そうカナエが助け船を出す。下手に突っ込まれてしのぶとのことを話すなと牽制が込められてはいるが、有り難かった。
「与えられた任務は全うすべきだな!」
「俺も派手に終わらせるか」
人知れず義勇はため息をつく、助かったと。
口下手で隠し事な上手くない彼なので突っ込みの激しい二人相手ではかなり厳しい。
それでも言うつもりはなかったが。
「職員室で食べるより外で食べた方がよろしいかも知れませんね、冨岡先生」
「ああ、次はそうしよう」
杏寿郎と天元の騒々しい会話を眺めながら、何処ならば静かにひっそり食べられるだろうかと考えた。
‡ ‡ ‡
携帯が鳴った。
テスト勉強をしていたしのぶはその着信音に心臓が高鳴った。その着信音にしているのはただ一人だけだったからだ。
「……も、もしもし」
「……しのぶか」
聞こえてきたのは間違いなく義勇の声だった。
「は、はい」
「邪魔して悪い」
「大丈夫です、ちょうど休憩してましたから」
彼からの電話に勉強などどうでもいいと思いながら、しのぶは答えた。
「……弁当、旨かった」
「お口に合ってよかったです」
「……ああ」
わざわざ電話してきてくれたことが嬉しくて、何を話せばいいのか一瞬戸惑う。
「お仕事、終わったんですか?」
「まあ、区切りは付いた」
結局あの後、職員室で騒ぎになったものの、その後直ぐに悲鳴嶼行冥が来たことで収まった。カナエの様子がどこかいつもと違うような気がしたが気にしないでおくことにした。
「……明日、またな」
「はい、又明日です」
短い通話はそこで終わった。少し間はあったが、義勇の方から電話は切れてしまったが、しのぶは嬉しかった。
わざわざ彼の方から電話してきてくれたのだから。
思わず携帯を抱き締めつつ、
「明日のお弁当、何にしようかな……」
そう呟いた――明日逢えることを楽しみにして。