朝の通勤途中でしのぶと逢い、弁当を受け取ることが日課になりつつある。
勿論、一緒に学校まで行けるわけではないが、少し早めの電車のせいか、つかの間の逢瀬が生徒に見つかる確率は低かった。
そんな日々を過ごしていると、今までの食生活の破綻ぶりを思い知らされる。
今日も今日とて人に見つからないですむ場所――屋上で義勇はしのぶからの弁当を食し始めた。生徒には禁止の場所の為、彼には都合が良い場所だった。
よく毎回毎回、作れるものだなと素直に感心する。
基本的には和物が多いが、バランスを考えてくれているのだろう、おかずの種類が多い。
感謝だな。
夜にでも礼の電話するか。
ああ、週末か、それならうちに来るか。
そうして弁当を堪能していると、
「又一人で食ってやがるな、冨岡」
背後から声がした。振り返れば、宇髄天元がそこにはいた。
「……」
煩いのが来たな。それしか感じなかった。
「……何か用か」
義勇の態度など全く意に介さず、天元は弁当箱を覗き込む。
「……ふむ、成る程。それを作ったのは女、それも男の弁当を作り始めて間もない初々しさが派手にある」
その台詞に思わず箸が止まってしまう。ちら見しただけでどうしてそこまで分かるものなのか。
にやっと笑いながら、天元はなおも続ける。
「しかもだ、お前とただならない関係だろう? そいつと」
「……」
しのぶとの関係をどう言えというのだ。教師と生徒の関係を疾っくに越えてるなど……だいたい彼女を巻き込みたくない。
「台所まで使わせてるって感じか」
天元が先ほどから一方的に喋っているが、そのまま過ぎて返答すら出来ない。
いや、しない方がいいと義勇は思う。あくまで勝手に推測されてるだけだと――たとえ限りなく当たっていたとしても。
「どうせ胡蝶だろ? 妹の方」
「勝手なことを言うな!」
その瞬間、考えるよりも先に言葉が飛び出していた。
「へえ、珍しくムキになるわけだ」
「……何とでも言え」
何で反応してるんだと自省するも時既に遅し。結局、しのぶのことに関してはどうしても冷静でいられない。
「昔から変わらねえなあ、冨岡」
「……お前も覚えてるのか」
ため息を付きながら義勇はそう尋ねた。過去は前世のことを当然言ってるわけだが。
「……忘れようにも忘れられねえわな」
「……そうか」
こんなときはどう言えば正解なのかと悩む。嘘は苦手だが、それでもしのぶを巻き込みたくはない。
「別にどうしようなんぞ思ってねえよ」
急に真面目な顔で天元はそう言った。
「おまえら仲良かったしな」
「……胡蝶姉もそうだが、あれを仲がいいと言うのか」
「お前は自分知らねえな。まあ、俺や嫁たち以外で気が付いたやつがいるかは知らねえが」
そんなに分かり易かったのか。
過去を思い出しても自分では分からない。ただしのぶが特別だったのは確かだった。
……誰よりも近い位置にお互いいたのからか。鬼によって姉を喪い、鬼殺の道を歩んだ。
「……似たもの同士だったからな」
「そういや、そうだったな」
そのまま義勇の前を陣取り、自分の弁当を広げる。ざっと見ただけでも一人前以上は軽くある。
義勇の驚いた顔に気が付いたのか、天元はごく当たり前というように、
「嫁が三人いるからな、全部食ってやらんと」
「……そうか、お前らしい」
人の機微を読む聡い男だ。彼女らが望むなら当然それに応じるのだろう。自分がしのぶに対してそうであるように。
「冨岡が俺に応えるのは珍しいな」
「……俺は人と話すのは苦手だからな」
普段はそんなことは言わないが、今はそんな気分だった。
「それで何で教師になろうと思ったんだか、聞きてえわ」
言いながら、天元は自分の弁当を豪快に食べる。
食べるスピードも速いな。
だからといって雑に食べてる感は受けない、彼の嫁たちの愛をきちんと受け取っている、そういうことだ。
義勇も食べるのを再開しながら、彼の問いに答えるため考えるが、適当な言葉は浮かばない。
「……そうだな、何故だろうな」
そもそも自分の性格を考えると向いてないことくらいは[[rb:理 > わ]][[rb:解 > か]]っている。
何故選んだのか? 考えてみても分からない。
「一部問題あっても、お前、教師向いてるじゃねえの。ま、俺もよく呼び出されるしな」
そういえばこいつも俺と同じ常習犯か。
「楽しまねえとな、何事も」
「楽しそうで何よりだ」
そうとしか答えられないが、羨ましいと感じる部分もあった。
「ところでだ、別に俺は生徒と教師だのどーだいうつもりねえけど、ほれ」
放り投げられたものを思わず受け取るとそれは避妊具だった。ラッピングすらされてない有様である。
「……おい」
「まだ若えからな。我慢もよくねえ。それでも使っとけ」
「……いや、お前」
「そんくらいはさせろ」
どう言えというのだろうと義勇は思う。同時に人が必死になっているものを加速させようとするなと!
「……押さえてるものを何だと」
思わず本音が零れる。どれだけしのぶへの劣情を抑えているのか改めて知る。
「我慢強えのもいいけどよ、ほどほどにしないと爆発するぞ。特にお前みたいな奴は」
間違いなく見透かされている……
そうは思って何故か不快さはなかった。
「……否定出来ないのは何でだろうな」
「そんだけ好きなんだろ、胡蝶が」
それはそうだ。とても大事で、ずっと閉じ込めたいほどに愛しい。
が、現実的にそれは出来はしない。
「……胡蝶に殴られる」
「物言いを考えろや」
「……俺にそんな真似が出来れば苦労しない」
「そんなときだけ返事早えな」
内容はどうあれ、人とこれほど話したのはしのぶ以来じゃないだろうかと義勇は思った。
「お前と話せたのは悪くない」
ごく自然にそう話し、天元も笑って答える。
「そうか、俺もだ」
こんな世界もあったのかも知れないとその時思った。
前世ではすべてを、自分すら拒否していた。考えてみれば傲慢で情けない話ではある。
「……胡蝶へは自重してるつもりはある」
「ストイックだな」
「本当にそうならな」
事実は違う。義勇はしのぶへの想いを隠すことは出来ないし、実際には抑えきれずに彼女を抱いている。
「別に感情のままにってのも悪くないだろうさ」
「……そうか」
この男に肯定されたのは不思議と有り難いと感じた。
「どうでもいいが、同僚から貰うのはどうなんだ」
「気にするな、単なる親切心だ」
きっぱり言い放つ天元に返す言葉はない。
「……」
それでも弁当をしっかり味わいながら、義勇は天元と昼をともにした。
ふと時計を見れば、もう少しで昼休みは終わる時間になっていた。
「昼休みも終了だな」
「……ああ」
「さて、ド派手に授業行くか」
「……程ほどにな」
立ち上がり、ふと落ちる爆弾……これをどうするか。
「……どうやって持ち帰れと?」
「そんなのはてめえで考えろ」
無責任に天元はそう言い、義勇は頭を抱えるしかない。
さて、殴られない方法なんてあるか……?
考えるだけで既にお手上げな気分だった……