「宇髄さん、じゃない宇髄先生とお話ししてたんですか」
既に冨岡家の恒例と化している週末の来訪ではあるが、今日は何処か落ち着かない気分だった。
彼女が来ること自体は嬉しいことだし、歓迎している。 では何故そうなのか。昼間の出来事のせいであるのは言うまでもない。
「……まあ」
「それでどんな話をされたんですか?」
台所仕事をしながら、しのぶが暢気に尋ねる。いつもならば手伝うのだが、昼間の話の内容を思い出すとどうにも彼女に迂闊に近寄るのは躊躇われた。
「言いづらい……」
「気になるんですけど」
義勇にももしかして友人というものが出来たのではないかと思ったので、しのぶとしては是非とも聞きたかった。
「……」
どう言えばいいのやらと考え[[rb:倦 > あぐ]]ねるが、答えは出ない。
「お前が多分呆れる」
「呆れる? どうしてですか?」
「……宇髄がくれたものがあってだな」
「? 何か貰ったんですか」
料理が一区切りしたので、不思議そうな顔をしてしのぶが傍にやって来る。
「何を貰ったんですか?」
「……」
思わず頭を抱えつつ、静かに箱を取り出した。結局あの時仕舞う場所はジャージのポケットくらいしかなく、誰にも不審に思われぬよう足早に職員室に戻ると素早く鞄に入れ一息ついた。ふと顔を上げるとニヤニヤ笑っている天元がいたがあえて無視をした。
「貰った……」
言えたのはただそれだけで、気の利いた物言いなどやはり出来ない。
箱……?
何かやけに派手ですねと思いながら手に取ってみる。そしてそれが何かと認識した途端、顔から火が出る思いだったが、ひとまずそっと戻した。
「そ、そうですか」
宇髄さんは何考えてるんですか!
どう言えばいいのか悩みつつ、しのぶは一つの事実に気が付いた。
「義勇さん、もしかして我慢してるんですか?」
義勇の顔を覗き込むようにして、そう尋ねた。
「……いや、それは」
誤魔化した方がいいとは思うが、破滅的に義勇はそれが出来ない。何しろ事実だから。
「本音が聞きたいです」
「……」
無言であることは肯定なのだと理解する。
「つまり我慢してるんですね」
「……まあ、そうなる」
そう言う他ない義勇は頭を抱える。もう少しまともな物言いがあるかと悩んだがない。
一方のしのぶは神妙な顔になり、何か考えているらしく無言になった。暫く時間が経った後に、
「……ちょと待っててください」
そう言うと携帯を取りだし、何やらしている。どうやら誰かに連絡を取ってる風に見えた。その後に更に携帯をいじっていたが、不意に振り返り、
「はい、終わり。お泊まり決定です」
鞄の奥に携帯をしまい込んで、義勇の方を見遣る。
「胡蝶姉が許すわけないだろうが」
「もうお泊まりしますって送っちゃいました。取り消し不可能です」
さっきのはそれか!
「いや、だからそれはまずいだろう?」
「携帯の電源も切っちゃいました」
「……しのぶ」
「はい、義勇さん。言っておきますが、私は帰りませんからね。あ、義勇さんの携帯下さい」
「……どうする気だ?」
そう尋ねながらも素直にそのまま自分の携帯をしのぶに渡す。携帯に対する執着があまりないので彼にしてみれば当然の仕草なのだが、この場合考えがなさすぎた。
「当然電源切ります。姉さんから電話来るかも知れないですし」
「しのぶ、気持ちは嬉しいが……」
携帯を返すように促すが、少女は返そうとはしない。それどころかさっさと電源を落としてしまう始末。
「しのぶ」
流石に咎めようとすると、彼女が頬を赤らめながら言った。
「……女の子にだってあるんですからね」
何をとは流石に言いづらいが、如何な義勇でもその意味は理解した。
「……分かった、それ以上言わなくていい」
義勇は黙って自分の携帯を受け取り、目の届かない場所に置いた。このまま忘れてもどうせ困らない。
「これでいいか」
「……はい」
嬉しそうに微笑うしのぶを見れば複雑だが、義勇自身も嬉しい。
「さて、何はともあれご飯にしましょう。腹が減っては戦は出来ぬです」
「……戦って、お前」
「明日は休みですから大丈夫です」
「……」
俺の愛しい女は逞しい、そう思った。そしてそれが嫌ではないと思う自分がいた。
「そうそう、今日の鮭大根も傑作なんですから!」
作れば作るほど上達していると自分でも思うし、毎週毎週、彼も喜んでくれている。
作り甲斐って大事ですよね。
「それは……楽しみだ」
こうやって毎週やって来ては義勇にとっての定番メニューである鮭大根を作ってくれる。
実にいつも旨い。作ってくれるだけで有り難いが、やはり欲は出る。
「……次はしのぶの好物」
そう呟いてみれば、一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに返事が返ってくる。
「じゃあ来週はそうしますね」
義勇さんからリクエストなんてはじめてですよね。しかも私の好物ですか。
私のことをもっと知りたいと思ってくれているんですね。
そう感じられるのが嬉しい。
「……頼む」
「楽しみにしててくださいね」
「……ああ」
「さ、ご飯にしましょう」
「分かった」
あっという間にいつもの風景だ。それが心地いい。
知ってるだろうか、お前のいない日の寂しさを。前は感じたこともない感情だった。
「お味はいかがですか?」
「旨い」
彼が答えると彼女はいつも花のように微笑ってくれる、それがとても嬉しくて。
こんな世界があるとは思わなかった。
来世があるとも信じてはいなかった――しのぶと約束を交わす前までは。
その約束があったからここにいるのか、以前の絆があったからなのか、それは分からない。
だが、一つだけ分かることがある。
この世界が夢ではないと言うこと、それは何よりも大切な事実だった。
「おかわりしますか?」
「ああ、頼む」
週に一度の晩餐が今日も平和に過ぎゆく……一抹の不安を残しながら。