I love to you.

5


 朝と言うには既に遅い時間に二人とも目覚めた。一応、目覚ましはかけたものの見事、二人してスルーしていたらしい。
「……こんな時間か」
「やっぱり起きれませんでしたねえ」
「……そうだな」
 あれだけ抱き合えばそうなるか。
「しのぶ、大丈夫か?」
「……心配しすぎですよ。私は丈夫ですからね。でももう少しこうしていたいです」
 心配してくれているのは嬉しい。彼の胸に顔を埋め、幸せそうに微笑った。
 その無防備な笑顔があまりに可愛い過ぎる、凶悪なまでに。
「……そ、それならよかった」
 理性が飛びそうになった自分に呆れつつ、何とか押さえる。
「朝御飯……というかもう昼ご飯になりますけど何か作りますね」
 腕の中で猫のように甘えるしのぶが言うと、
「……何なら食べに行くか?」
と、思わず提案していた。この部屋でこのまま二人きりだと身が持たない……
「え……」
「お前も疲れてるだろうし、たまにはいいだろう」
 それは本音。実際、若いとは言っても昨日の後なのだから疲れは残っているはずだ。
「義勇さんにしては気が利いたこと言いますね」
 彼の気遣いが嬉しくて堪らないのについ憎まれ口になってしまう。
「……酷い言われようだな。まあ、仕方ないか」
 普段の自分を思えば当然ではある。
「でも嬉しいです」
「……ならいい。じゃあ、着替えた方がいいな」
「今日はお出かけセットないんですよね……」
 何しろいきなりの泊まりだったため何も用意はしてない。
「……制服だといろいろまずいか。シャツくらいなら貸せるぞ」
 義勇が自分で貸せるものを言えば、それじゃあとしのぶがお願いを言う。
「シャツもですけど、ジーンズも借りていいですか」
「お前には大きすぎるんじゃ?」
 そうは思ったが立ち上がり、しのぶの言うとおりにクローゼットからシャツとジーンズを出して渡してやる。
 しのぶはそれを受け取ると自分に合うように工夫をして着る。
 うん、これならいけそうですね。
「ぴったりとはいきませんけど、裾とかを捲れば問題なさそうです。ベルトってありますか」
 しのぶがそう言うと、義勇が自分のベルトを取り出して渡す。
 簡単な格好ではあるが、圧倒いう間にしのぶなりに着こなしてしまうのは流石だろう。
 俺には出来ないな……
 普段着に関してもしのぶにいろいろアドバイスを貰って何とかなのだから然も有りなん。
「まあ、似合うな」
「うふふ、有り難うございます。これで私、義勇さんだらけですね」
「……何だそれは」
「義勇さんに包まれてるってことですよ」
「そんなに嬉しそうにするな……」
 何をしても無意識に男を煽ってくれるしのぶに困り果てる義勇であった。

‡     ‡      ‡

 そうして身支度を調え、しのぶは自分の荷物を纏めていく。制服を折り畳んでいると、
「……そのまま帰るつもりか。その格好で帰ったらまずくはないか?」
と義勇が尋ねてきた。
「そんなの、制服で帰っても同じですよ。時間も時間ですし」
「まあ、そうか」
 どう言おうが昨日のことは取り繕えるものでもなかった。
「姉さんに怒られるの私だけでもいいんですよ?」
「……それはさせない」
 きっぱりと義勇は否定すると嬉しそうにしのぶは微笑う。
「義勇さん、優しいですね」
「そうでもない」
 そもそも原因は自分にあるようなもだと義勇は思う。天元の有り難迷惑な贈り物を彼女に見せねば良かっただけのこと。
 尤も気持ちとしてはこれ以上ないくらい満足してるが。結局、しのぶに負けないくらいにそれだけ求めていたと言うことなのだろう。
「昼、何を食べたいんだ?」
「そうですね……」
 良さそうなお店を携帯で調べようとして、思い出す。
「あ、携帯、電源入れておかないと」
「ああ、そうだな。俺もついでだから入れておこう」
 二人して携帯の電源を入れると、たちまち喧しいメール音が立て続けに鳴る。
「……これは」
「姉さん……」
 どちらにもただ一人からのメールがてんこ盛り届いていた。
 要約すれば至急二人とも胡蝶家へ来い、である。
「……飯食ったら絶対に送る」
「……そう願います。帰るときに私の方から連絡入れますね」
 姉を相手にするにはちょっと一人では荷が重そうで、でも彼がいるなら大丈夫だと信じていた。
 にしても姉さん、義勇さんにまでメールを送りつけるあたり……
 けれど幾ら怒られようが、(いさ)められようが、しのぶの気持ちに変わりはない。それは義勇も同じらしい。
「とりあえず飯だな」
「そうですね」
「じゃあ、ゆっくり行くか」
 そう言って彼女へ手を差し出せば、彼の手を静かに取る。
「……はい」
「ところで髪下ろしたままでいいのか?」
「この方がバレにくいと思いまして」
 特徴的な髪飾り故にそれだけ目立つと言えば目立つ。しかも今日は義勇に借りている状態である。少しでも普段と違う方がいいと判断したのだ。
「……そうだな、それもよく似合う」
 さらりと褒め言葉を言われ、しのぶは顔に朱に染まる。
「そ、そうですか」
 本当に口下手なのにこんなときは饒舌なんですから!
「どうかしたか?」
「何でもないです。さ、行きましょう」
「……ああ」
 二人で外へ出て歩き出す――出来るだけ時間を引き延ばすようにゆっくりと。

‡     ‡      ‡

 あの後二人でのんびりとブランチを取り、その後でカナエに連絡をしのぶが取った。
 当然、烈火の如く怒られたが、取りも直さず帰って来いで電話は切れてしまい、二人の取れる選択肢は一つになっていた。
 そうして胡蝶家へ二人で戻ると、胡蝶カナエがご立腹という状態で待っていた。
「全く……あなたたちは」
 玄関先では当然出来る話ではないので、この間と同じようにカナエは居間へ行くように伝え、二人もそれに従う。
「で、いきなり泊まると言ってそのまま音信不通になるなんて」
 御茶を置いた瞬間からカナエは本題をさっさと切り出した。
「……いや、胡蝶…先生、悪いのは俺で」
 義勇はしのぶが悪いわけでないのだとカナエに言うが、彼女にはお見通しのようで、
「それは当然ですけど、更に煽ったのはどうせしのぶでしょう」
 と言い放った。
 姉さん、いつもながらよく分かってますね。
 だからこそ自分の気持ちを素直に姉にぶつけた。
「だって義勇さんといたかったんです。学校だってそう逢えないし」
 恋人関係になっても思うように一緒にはいられない。デートすら禄に出来ない状態は辛かった。今の関係性を考えれば仕方ないことだとは思うけれど。
 学校が楽しくないわけではない。友人たちとのお喋りや部活での活動だって楽しい。
 それでもやっぱり恋しい人とはもっといたい……
「……ちゃんとこれからは説明なさい。無闇に駄目とは言わないから」
 てっきり二度としないようにと釘を刺されるかと思うと真逆のことを言われ、しのぶは驚く。
「姉さん?」
 この間は卒業まで我慢しろだったのに。
「あんまり厳しく言っても余計に爆発しそうですしね、今回みたいに――それにあなたたち見て思ったの。じっと待ってるのって良くないって」
「は……?」
 異口同音で義勇としのぶは思わずそう言っていた。話の流れが読めない。
「そもそもそれが間違いだったんだわ」
 何やらぶつぶつ言いつつ、義勇へと視線を戻した。
「とは言え冨岡先生? 兎に角、仮にも生徒相手なんですから理性は出来るだけ持って欲しいですけどね」
「……善処する」
 それ以外答えようがない。その理性とやらをぶっ飛ばしたからこうなってるのだから。嘘はつけない性格は難儀ではある。
「まあ、だからお泊まりも月一回くらいは大目に見ましょう」
 突然の飛躍は何だと義勇は思うが、その結論は決して悪くなかった。
「ただし! しのぶは勉強は疎かにしないこと。ちゃんと大学へは行きなさいね。そのくらい冨岡さんも待ってくれるでしょうから」
「ね、姉さん?」
 姉の態度の変貌ぶりに驚きつつ、どう突っ込めばいいのか分からない。いや、認めて貰うこと自体は嬉しいし、有り難いのだが。
「あくまで目立たないように、ね。冨岡先生が職を追われたら大変でしょう?」
 これは至極当然の心配であり、もし生徒との恋愛関係が表立ってしまえば教師である義勇には不利なことこの上ない。
「……姉さん、それって」
「卒業すれば誰も何も言えないんだから慎重になさいってことよ」
 そうしのぶと義勇に言い、
「それに私も頑張るわよ」
「姉さん?」
「気にしないで独り言」
とにっこりと微笑んだ。
 さっきから姉さん、独り言が多いですよと思ったが、口にはしない。
「……ちゃんとしますからこれからも義勇さんの家に行きたいです」
「あなたがそこまで情熱家だったって知らなかったけれど。それに義勇さんもね」
 カナエに情熱家と言われて、何となく二人とも照れてしまう。
「だけど今回みたいなことしたら本当に許しませんからね」
「……はい、姉さん」
「悪かった」
「二人とも素直でよろしい。さっ、この話は今は終わりです」
 にっこりとカナエは微笑い、
「どうせだから冨岡さんも食べていってね」
「いや、それは……」
「同僚の家にお呼ばれしてるだけですから問題ないですよ」
 あっさり義勇の拒否権を一蹴してカナエは続けた。
「いい加減カナヲにも説明しておかないといけないし」
「カナヲに?」
 何故そうなるのかと思い、不思議そうにしのぶは姉を見遣る。
「今後のためにもバレないように工作は必要でしょう。味方は多い方がいいわ」
「……私と義勇さんとのことを話すってことですか?」
「そろそろおかしいとは思ってると思うし。あの子は聡いから」
 そうですね、この間の叫びも聞かれてますし。
 初デートに誘われた際の電話を思い出す。
「さて、お説教はここまで。夕食まではのんびり二人でしていていいですよ」
 カナエはそう言い、さっさと台所へ行ってしまった。
 残された二人は思わず見合い、
「……お前の姉には」
「……勝てませんね」
 何となくおかしくなり、二人で笑い合う。
「まあ、でも今日はお前に部活を休ませる羽目になったしな。自重する」
 彼女の高校生活を邪魔するのは本意ではない。
「私、これからも月一度はでも休みますよ? だいたいもう三年生ですから顔出しくらいでも大丈夫ですし」
 尤もこれが高校一年だろうが二年だろうがきっと決意は変わらないとしのぶは思う。
「そうか……」
 彼女のその言葉が素直に嬉しかった。義勇とてしのぶとはもっといたいと願っているのだから……


 その日――カナヲが帰ってくるととんでもない事実に巻き込まれてしまうのだった……
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