I love to you.

8


 週末にいつもどおりしのぶがやって来て、夕飯をともにする。義勇のアパートではすっかりおなじみの風景になっていた。
「今日はこの間の約束どおりに私の好物だらけです」
 しのぶの言うとおり今日の食卓は鮭大根ではなく彼女の好物である生姜の佃煮とそれに合わせた数品が食卓に並んでいた。
 いつも俺に合わせてくれてるからな。それにしのぶの好物は知っておきたい。
「……旨い」
 一番最初に生姜の佃煮を()みながら、義勇はそう言った。
「お気に召して戴けましたか?」
 義勇さんの言葉に甘えて自分の好物ばかりですけどよかった、美味しそうに食べくれる……
「……又作ってくれ」
 お世辞でも何でもなく本気でそう思う。
「はい!」
「しのぶは料理が本当に上手いな」
「そ、そうですか?」
 自分の好物だらけでもそう言って貰えるのは本当に幸せだとしのぶは感じていた。
「何を作っても俺の好みに合ってるからな。お前が俺に合わせてくれてるんだろう?」
「合わせてないと言えば嘘になりますけど、今日のは自分よりです」
 私と義勇さん、やっぱり味覚が近いんですよね。
 夫婦みたい……かも。
 そんなことを思いながらしのぶは少しはにかんで笑った。
「義勇さんの口に合ってよかったです」
「……そうか? 本当に旨い」」
 しのぶが作るものは何でも口に合い心底旨いと感じる、逆に他所の食事では味気なく感じるようになった。
「今日もたくさん作っておいたので又食べてくださいね。ちゃんと鮭大根も作っておきましたし。味が沁みるので明日食べたら美味しいですよ」
「……ああ」
 好物を前にしても一人で食べる飯だと幾らか寂しさを覚えたのはいつからか。それでもしのぶの料理があるだけで温かさがあるから不思議だ。
 一人だろうが平気だったのはもう大分昔のように感じていた。

‡     ‡      ‡

「そう言えばお前、昔は平気で蝶屋敷の妹たちに怪談話をしていたと思ったが」
 食後の片付け後にふと気になって義勇はしのぶに尋ねた。あの頃は何かを怖がるなど他者に弱点を見せることはなかった。唯一苦手なのは毛の生えた生き物だったはず。
 なのに先日の騒動では本気で脅えていた。
「よく覚えてますね……そうですよ、あの頃は全く怖くなかったんですけど。どちらかと言えば私も楽しんでましたし」
「……そうだったな」
 蝶屋敷の妹たちに聞かせては怖がらせていたのはしのぶの方だ。更に面白がって義勇にも話して聞かせたのは一度や二度ではない。
「本当に義勇さんは全然怖がらないから話し甲斐のないったら!」
「……俺が怖がってどうする」
 世の中に有り得ないものがいるのは道理、そもそも人食い鬼がいるような世界にいたのだから無いものと否定すること自体おかしいと思っていた。そしてその考えは今も変わっていない。
「……義勇さんに怖がって貰って私に抱き付いて欲しかっただけです」
「こうやってか?」
 そういうとしのぶを抱き寄せ、膝の上に載せる。
「ちょっと違う気もしますけど」
 でもそうしてくれるのはとても嬉しいと思うので、彼に擦り寄っておく。
「さっきの続きだが、怖がりになったのは今になってからで、その原因がお前の姉。昔は見えなかったものが胡蝶姉には見えて、この間のようなトラブルを持ってくる、でいいのか?」
「そうです……小さい頃から何故か姉さんがあの手の類のを相手にしていて……おまけに姉さんと来たらあれやこれやと霊だの妖怪だの退治してはうちに持って帰ってきて……カナヲもカナヲで敏感な子だから」
 そこまで言うと幼い頃を思い出したのだろう、しのぶの顔色が蒼白になっていく。
「……何となく想像は付くが、あれが初めてじゃないってことだな」
「……はい。もう本当に姉さんの暴挙はもう数え切れないです。それも連れてくるのが幽霊なんて可愛いものじゃないのばかりですよ! この間は義勇さんが本当にいてくれよかった」
 でなければなし崩しで姉は玄関に飾ったに違いない。そうでなくともこれまでに何度となくやらかしてくれているのだ。
「いっそ怪談話百話をずっと聞いてる方が可愛いくらいです……」
 それはあくまで物語であって実在しないと分かっているから。けれど姉が持ってくるものは容赦ないまでに現実で、しかもカナエの趣味はしのぶには一向に理解出来ない。
 そうこうしているうちに怪異そのものが苦手になっていた。いや、苦手と言うよりもアレルギーというのが正解なのかも知れない。
「……無理しないでいい。もう分かった」
 義勇はいつの間にか震えていたしのぶの頭を優しく撫でてやる。それだけでとてもホッとすることが出来た。
「これから何かあったら連絡しろ。直ぐ行ってやるから」
「……はい」
それが彼が本当に想って言ってくれているので、しのぶとしてはこれ以上ないくらい強い援軍を得た気分だった。
「……そろそろ時間か。家まで送る」
「嬉しいですけど、いつも大変じゃないですか?」
「お前を夜に一人で返すほど無責任じゃない。そもそも俺の我が儘でお前に来て貰ってるんだからな」
 そのくらいはすると義勇は続けた。
「義勇さんの我が儘じゃないですよ。私も喜んで来てますし」
 そもそも最初はしのぶが押し掛けたのだ。それなのに自分の我が儘と彼は言う。
 そんな然り気無い(さりげな)彼の優しさがとても嬉しい。
「……そうか、それならいいんだが」
「それに義勇さんの我が儘なら幾らでも聞きますよ?」
「あんまり俺を甘やかすな」
「だって私も義勇さんにたくさん甘やかして貰ってますし」
「ならいい」
 フッと優しく笑い、そっと彼女の唇に口づける。
 その笑顔は凶悪だと思いつつ、しのぶは口づけを受け入れるのだった。

‡     ‡      ‡

 義勇のアパートを出て、二人でのんびりと駅まで歩いて行く。
「こうやって義勇さんと歩いて帰るの好きです」
 冬じゃないのが残念ですね。冬なら寒さに乗じて抱き付けるのに。
「……そうか」
 初夏の夜風は何処か心地いい。歩調をしのぶに合わせ、歩きながら義勇は言う。
「……又デートするか?」
 急に言ったようで実はいつ言うかを考えていただけなのだが、しのぶにしてみれば唐突な話である。
「え?」
 一瞬何を言われたか分からず、思わず足を止めた。
「……無理にとは言わない。お前の都合がよければだが」
「したいです! 是非!」
 一度ならずと二度までも義勇さんから誘ってくれるなんて!
「俺といても面白いか?」
 喜んでくれるのは嬉しいが、自分を朴念仁と理解してるだけにそう思う。
「嫌ですね、義勇さんといるだけで楽しいんですよ! この間だって凄く楽しかったんですから!」
 そう笑う少女が愛おしい。嘘偽りない感情をぶつけてくれるのは心地がいい。
「今度は何処へ行きましょうか。又私が決めていいんですか?」
 義勇と行きたいところは幾らでもある。それこそ次から次へと浮かんでくる程に。
 ああ、義勇さんと映画とか遊園地とかにも一緒に行ってみたいですね。
「……ああ、お前がいいと言うなら何処へでも。俺では浮かばない」
「そうしたら又ケーキ一緒に食べてくれますか?」
「……それがお前の願いなら」
 そう答えると、しのぶが破顔する
 しのぶが喜んでくれるならそれでいい。
 自分に出来ることであれば何でもしてやりたいと義勇は思う。
「義勇さんは本当に私のお願いを叶えてくれますね」
「……そうならいい」
 一見、素っ気ない物言いの中に溢れる義勇からの想いがしのぶへと伝わってくる。だから彼女もそれを伝えるために言葉を紡ぐ。
「義勇さん、大好きですよ」
「……そうか、俺もだ」
「星が綺麗ですね」
「ああ、そうだな」
 夜の空の下、星が見守る中で二人で歩く――二人だけのたくさんの言葉を交わしながら
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