I love to you.

7


「よっ、冨岡、今日も弁当持ちか?」
 義勇がいつもどおり屋上での弁当タイムを始めようとした途端、そう声がした。
「……宇髄」
 何かしら聞きに来るだろうとは思っていたが、予想どおり昼狙いか。
 天元は既に当たり前のように義勇の目前で弁当を広げていた。
「んで、週末お楽しみだったか?」
 ガツガツと弁当を食いながら、天元が尋ねる。
「……煩い」
 義勇も箸を止めずにそれだけ言い返した。
「上手くいったわけか。成る程成る程」
 それで何故分かると言いたいが、墓穴を掘るので止めておく。
 それでもやはり礼を事欠くのは気が引ける。
「……まあ、礼は言う」
 宇髄の言うとおり我慢の限界はあった。
「あいつを前にすれば止まれないからな。助かったことは事実だ」
「お前、胡蝶のことなら饒舌だな」
「悪いか」
 ただ天元に言われなければ思いつきもしない方法だった。自分自身体育教師なのに『避妊』という言葉があの夜以降浮かばなかった。
 だからひたすら我慢していたわけだが思う以上にきつかった。
「で、結局何て切り出した?」
「お前から貰ったものがあると」
「馬鹿正直もいいところだな」
 流石に少し呆れ顔で天元は言う。
「あいつに関して余裕なんてありはしない」
「ふむ、本気ならそんなもんじゃねえの」
「……そうか」
 肯定されれば不思議と有り難い気もするが、やはり釘を刺しておこうと思う。
「宇髄、胡蝶に余計なことは言うな」
「へいへい」
 あまり当てにならない返事を聞いて、絶対しのぶに何かやるなとは思う。だが彼女を傷つける真似を万が一にもする相手でもないと言うのもあり、それ以上は口にしなかった。
 だから弁当を食すことに集中をする。折角のものを味わわないなんぞ勿体ない。
「旨いな……」
 そう呟く。
「嫁の料理は派手に旨いに決まってる」
 まだ嫁じゃないと思ったが、そこは黙っておく。その言葉は悪い気がしなかった……我ながら単純だ。
「……まあ、そうだな」
「本当に胡蝶妹に関しては素直だな。そこまでお前が女に弱いとは昔は知らなかったが」
「……惚れた弱味だ。それにしても前にも言ったが、お前もよく俺と話す気になるな」
「お前と話すのは中々楽しいぜ?」
「……そうか。ならいいが」
 この間もだが義勇自身悪い気はしない。かつては話すどころか近寄りすらしないままだったのに不思議なものである。
「……俺は勿体ないことはしていたようだ」
「だろうともよ。俺としても昔の[[rb:黙 > だんま]]りより今のお前のがいい」
「が、アレのお節介はほどほどでいい……」
「なぁに、遠慮するな」
 えらくいい笑顔で天元はそう答える。
 又何かするつもりなのかと義勇は思うが、その予感はどうやら大当たりらしい。
「お前な……」
「そうだな、次は一緒に買いに行ってやろうか」
 ニヤニヤと言い笑顔を浮かべ天元に対し義勇は露骨に顔を[[rb:顰 > しか]]める。
「……だから何でその話になる」
「それは当然、お前の反応が楽しいからだ」
「絶対に胡蝶に言うな……」
 心底楽しそうな天元に義勇はそう言うのがやっとであった。

‡     ‡      ‡

「よっ、胡蝶妹!」
 放課後、偶然と言うにはわざとらしいタイミングで天元が話しかけてきた。
 今日のしのぶの授業には美術はない。それなのに彼がわざわざ彼女に話しかけてくる理由は一つしか浮かばなかった。
「宇髄先生、どうかしましたか」
 すまし顔でしのぶがそう言うと天元が耳元で素早く囁く。
「俺からのささやかなプレゼント、役立ったと聞いたもんでね」
 それを聞いた途端、しのぶはすかさず天元へ蹴りを噛ますが、一瞬早くそれを避けられた。
「相変わらずあっぶねえな。直ぐにキレる」
「宇髄先生、どうかなさいまして? あら、危ないですね。石にでも(つまづ)いたんじゃないですか」
 石などない廊下でしれっとしのぶが言えば、
「本当に相変わらずよく言うな、お前」
 と天元はにやりと笑う。
 さすが柱中でも抜群のスピード感を誇っていた蟲柱、良い動きだな。
「まったく宇髄先生、冨岡先生にあんまり変なこと吹き込まないでくださいね!」
 警告の言葉を残し、しのぶは足早に去って行く。が、彼女の顔は真っ赤であった。
「二人揃って派手に初々しいこって」
 楽しげに独り言を呟いていると不意にその背に声がかかる。
「……あらあら、犯人はあなたでしたか、宇髄先生?」
 天元が驚いて振り返ると胡蝶カナエが音もなく背後に忍び寄っていた。
「げ、胡蝶姉……先生かよ……派手に驚いたじゃねえか」
 あんた、気配消すなよと思う。昔からそうだが、忍者相手にそんな真似出来る奴はそうそういない。
「あんまりあの二人を揶揄ったりしないように。ほどほどでお願いしますよ」
「へえ、案外怒っちゃいねえんだな」
 てっきりお説教コースではないかと思ったのだが意外だった。
「そんなことで怒りませんよ。あなたが巫山戯(ふざけ)すぎたら分かりませんけどね」
「俺は割と本気で応援してるんだぜ?」
 それは本音である。どうでもよければわざわざ話しかけたりもしない。二人の意外な反応が楽しいのは勿論あるが。
「まあ、味方は多い方がいいですから。でも宇髄先生、本当にほどほどにしてくださいね?」
 にこやかにカナエが言うが、その笑顔を見て絶対に彼女には逆らわないでおこうとは思う天元であった。

‡     ‡      ‡

 放課後、いつも通り学園内の見回りを終えた後に義勇は薬学研究部部室を訪れる。そこにいるはずのしのぶに逢うためである。
「あ、冨岡先生、お疲れ様です」
 花のような笑顔を彼に向けた。
「胡蝶、もう下校時間だ」
「あ、はい。もう終わります」
 さしてすることがあったわけでもないので、直ぐに片付け終わる。
 しのぶは何も用事がなければフェンシング部に顔を出してからその後で義勇が来るまでの間いつもここで過ごすことが日課になっていた。
「お弁当箱、いいですか」
 そう言うと日誌の下に隠してあった弁当箱をしのぶに渡す。義勇からの返し方はいろいろだが一番多いのはこの方法だった。
「……旨かった」
「はい、よかったです」
 今日もお弁当は喜んで貰えた!
 それだけで嬉しくて仕方ない。
「……もうすぐ仕事が終わるから一緒に帰るか?」
 ちらりと窓から見える生徒たちの様子を見ながら、そう義勇が尋ねた。
「! 本当ですか?」
 ぱーっと明るい笑顔になるしのぶに軽く頷いて、
「……たまたま一緒に帰るのなら平気だろう」
そう続けた。
「それに今日はもう生徒も殆どいないからな。あまり見られずにすむ」
「じゃあ玄関で待ってます」
「……分かった。校門までは行くなよ、変なのが来るかも知れん」
「心配性ですね」
 しのぶは学校内では勿論、他校にも有名な美人である。他校の生徒をはじめとした部外者から声を掛けられている案件が度々あった。
 勿論、しのぶは相手にはしないが、義勇にしてみれば面白くはない。
 要するに他の奴らに触れられてたまるか、が本音である。
「そうだ。今日、宇髄先生が話しかけてきましたよ」
「……何を言ってた?」
「……プレゼントが………役に立ったかって」
 顔を赤らめてしのぶがそう言うと、義勇は頭を抱えた。
「……お前にちょっかい出すなと言ったのに」
「さりげなく蹴っておきました。当たりませんでしたけど」
 あの男、ガタイいいくせに素早い男だからな……流石元忍びの音柱。
「お前の足が勿体ないから止めておけ」
「心配してくれるんですね」
「当たり前だ」
 すると、しのぶが義勇のジャージの袖を引っ張る。
「どうした?」
「今、誰もいないですよね……」
 しのぶが頬を染めてそう呟く。
「……そうだな」
「義勇さんにもここは思い出の場所ですか?」
「……ああ、そうだな」
 しのぶに呼び出されたのも懐かしい。あの時はこんな風になるとは思ってなかったが、
 そっと彼女を抱き寄せ、静かに唇を重ねる。
 夕日が二人の影を包み込んでいく……
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