「義勇さん、お迎え有り難うございます」
「ああ、準備はいいか?」
義勇は今日は駅までではなく、しのぶの家まで迎えに来ていた。
いつもどおりの待ち合わせでいいと言ったのだが、迎えに来るという一点張りで譲る姿勢が無かったので、しのぶも最終的には折れた。
でも迎えに来て貰うのってちょっといい気分ですね。
「しのぶをよろしく頼むわね、義勇さん」
カナエがわざわざ玄関までやって来てそう言った。その後ろにはカナヲもいた。
二人ともしのぶを心配しているのだろう。
「勿論だ。帰りも送る」
安心させるなど器用なことは出来ないが、自分に出来ることは伝える。
「有り難う、行ってらっしゃい」
「それじゃあ行ってきます、姉さん、カナヲ」
二人で胡蝶家を出れば、外は青空で気持ちがいい。並んで歩き、どちらからともなくそっと手を繋ぎ合った。
「お引っ越し、何処ら辺にとか希望はあるんですか?」
当然の疑問としてしのぶは聞いた。少し考えてから義勇は答える。
「そうだな。とりあえず今のアパートから離れた所にはしようと思っているくらいだ」
漠然としてるが、そのくらいしか考えてはいなかった。
「それはその方がいいですよね」
「なるべく今日中に探したいとは思う。それまではお前と不死川がかち合わない様にしないとな……」
しのぶが自宅に来ないという選択肢は義勇にも無いらしい。
「……随分気にしてますけどまさか不死川さ……先生、職員室で何かしたんですか?」
義勇の様子に何か感じたので尋ねてみる。
「そのまさかだ」
「え」
「俺に恋人がいるのが衝撃だったらしい。不死川は相手がお前とは知らないがな。ただ職員室で大きな独り言を言っていたようだ」
独り言って……姉さんは何も言ってなかったけど。
「何でそこまで衝撃受けてるんですかねえ」
「……それは俺が聞きたい」
不死川さんとはそこまで関わってないので分かりませんね。せいぜい義勇さんが仲良くしたいと思ってたくらいで。
義勇にしても何故そうなるのか分からない。ただ説明はしない方がいいことだけは[[rb:理 > わ]][[rb:解 > か]]っていた。
「とりあえずお引っ越しは早いほうがいいと言うのは確かですね」
「ああ、その通りだ」
二人で不動産屋を何件か巡り、最後に辿り着いたところが一番感じがよく、また良さそうな物件も多かった。
何点か提示され、その中からしのぶが選び出す。
「ここは条件も悪くないですね。スーパーもコンビニも近いところにありますし、駅も近いですよ」
「そうだな、俺の給料でも問題ない」
そもそも給料を禄に使ってないので貯金はそれなりにある。しのぶと恋人になってからはそれでも出費は増えているが、それは悪くないことだった。
「お前が気に入ったならそれでいい」
「そんな決め方でいいんですか?」
「構わない。しのぶがいいと言うならそれが正解だからな」
「信頼して貰って嬉しいですけど、一度、物件自体を見てみましょう?」
「お前がそう言うなら」
善は急げでもないが、いい物件は抑えるに限るので不動産屋に見学の旨を伝え、丁度見れるという話になった。
「いい所だといいですね」
「そうだな……」
セキュリティー面は大丈夫か。
一番の心配はそこに尽きる。
後は二人で暮らして問題ないくらいの広さなら問題は無い。
しのぶとの生活に支障が無い、これが一番義勇にとっては大きな問題なのだから。
‡ ‡ ‡
しのぶと選んだ物件は五階建てのマンションでこぢんまりとしているが、管理人も常駐しているしっかりとしたところだった。
義勇たちが見学したのはその三階の角部屋で景色も悪くはなかった。
何よりしのぶが気に入ったらしいのでここに決めることにした。
契約についてはまた後日とし、その場で不動産屋とは別れた。
二人揃ってマンションを出たときだった、不意に声をかけられた――聞き覚えのある声で。
「冨岡先生、こんにちは!」
この声は……
振り返るとそこには竈門炭治郎がにこやかに立っていた。稼業の手伝いか、パン屋の店員の姿をしている。
「……竃門」
「義勇さん、どうし……竃門君……」
「偶然ですね! ここが冨岡先生のおうちですか? あ、胡蝶先輩もいらしたんですか? こんにちは」
にこにこと笑う炭治郎相手にどうすればいいのか二人で硬直する。
「俺、ここら辺にパンの配達で来てたんですが、お二人でお出かけですか?」
二人の様子を意に介すこともなく炭治郎は暢気に何の疑いもなくそう言う。
「あ、ああ」
「……ええ」
「あれ、二人ともいい匂いがしますね。同じ匂いがします」
これまた悪気の欠片もなく言ってのける。
「竃門君……そのですね」
しのぶはどう言えばいいのだろうと悩みながら炭治郎に説明しようとしたが、その前に義勇が言葉を切った。
「……炭治郎、俺と胡蝶は付き合ってる。だが、学校では秘密だ。お前なら約束守れるだろう?」
「ぎ、義勇さん?」
真っ正直にありのまま伝える恋人に驚く。
「こいつに嘘や誤魔化しを言っても通じないだろう?」
どうせ否定しても匂いでバレる――ならば最初から認めた方がいいだろうと判断したのだ。
「それはそうですけど」
少し納得し難いが、義勇がそう言うのであればとしのぶは思った。
「そうなんですか? 成る程! だから時折二人とも学校でも同じ匂いしてるんですね!」
そして義勇の言うとおりになっている。
本当に鼻の利く……
そして一緒の匂いと言う言葉が気恥ずかしい。
「……お前の鼻の良さは相変わらずだな」
「今日は……あ、じゃあデートですか」
「まあ、そうだ」
「そうなんですね! でも……何で内緒なんですか?」
不思議そうな顔をして炭治郎は聞いてくる。教師と生徒だからと言うごく当たり前のことが浮かばないらしい。
「……いろいろある」
「成る程! よく分かりませんが、分かりました! 俺、口は堅いですから!」
それは心配してないが、お前は声が大きいと義勇は思った。
「じゃ、俺、配達があるんで行きます!」
言うが早いか、凄まじいスピードで炭治郎はその場を後にした。
「……ああ」
「が、頑張ってくださいね、竃門君」
切り替えの素早い後輩を見送りながら、ああ顔が引きつるとしのぶは思った。
炭治郎が行ったのを改めて確認した後、しのぶは義勇の方へと向き直った。
「義勇さん、いきなりあんな説明してどうするんですか?」
「……あいつには正直に言うのが一番だろう」
「まあ、彼の性格を考えれば確かに」
「それに炭治郎は間違いなく口が堅いし、大丈夫だろう」
確かに彼は言い触らして歩く様な性格はしていない。それに他に何かあるかと言われると浮かばなかった。
「でも義勇さん、迷わず私とのこと言っちゃうんですね」
「……時と場合による」
誰でも彼でも言えるわけではないが、炭治郎のことは信頼しているからこそ伝えたかったのかも知れない。
「ちょっと嬉しかったです」
そう言ってしのぶは義勇の腕に自分の腕を回して甘える。
「……そうか」
ポンッと彼女の頭を撫で、
「少し遅くなったが、昼でも食べるか」
「そうですね、今日は何にしましょうか」
答えを知ってるくせにいつもの様に尋ね、答えは直ぐ返ってくる。
「……お前の好みでいい」
「いつもそれなんだから」
口ではそう言いながらも嬉しそうに微笑っている。そしてそんなしのぶを見るのが義勇は好きだった。