I love to you.

13


 いつもの様にしのぶのお手製の弁当を屋上で食してると、これまたおなじみの風景になりつつある天元がやって来た。
「よっ、冨岡」
「……お前か」
 自分の弁当を広げながら、天元が尋ねてきた。
「不死川と何かあったのか?」
「何がだ」
「お前に彼女がいるの聞いてねえとかデカい独り言を言ってたもんでよ」
 何処で何の話をしてるのだ、あの男は。
「……隣の住人だ」
 それを聞いた途端、天元が大笑いをする。
「成る程成る程、そりゃあ派手にあいつに聞こえてたと!」
「……煩い」
「お前さんがそんな情熱家だったとはな」
「……惚れてるからな」
「まあ、それは見てりゃ分かるが」
 そんな分かり易いのだろうかと思うがそうなのかも知れないと思い直す。
「ふむ、不死川はお前の相手が誰かは知らないってことか」
 義勇が掻い摘まんで事の次第を説明すると、天元はそう言った。
「……胡蝶には会ってない。会わせる気もない」
「それが正解だろうな。だが、そりゃ不幸中の幸いって奴だ。あいつは俺みたいに気を使えねえからな」
「……お前は使いすぎだろう」
「そう言うなって」
 それでもこんな会話をするのはいつの間にか楽しいと感じている自分がいた。
「……引っ越しも考えてる」
「まあ、その方がいいかもしれねえな。幾ら相手が不死川とは言えバレるのも時間の問題だろうし」
「……少し離れた位置にしようとは思っている」
「学校に近きゃバレる可能性が上がるからな」
 少し天元は考え、言った。
「どうせだから胡蝶と決めたらどうだ?」
「……そうか、そうだな」
 何も自分一人で決めることはない。しのぶにも納得して貰える方がいいのだ。
「お、素直じゃねえの」
「悔しいがお前は役に立ってる」
 こいつに何だかんだで的確なサポートをして貰っているのは事実だった。
「そうか、そうか。これからもじゃんじゃん役立ってやろう」
 ニヤニヤ笑いながら天元はそう言い、次は何がいいかねと言い出す始末。
「程ほどでいい……」
 天元を調子付けてしまった様に思うが、こんな馬鹿話も悪くない。悪友という奴はこんな奴を指すのだろうか。
「お、時間だな」
「そうだな」
 明日もきっとこいつは来るのだろう、それに期待してる自分に気が付いた。
 不死川は難しいとしても他の連中とも話してみれば案外違うのかも知れない。
 そんなことを思いながら義勇は受け持ちの授業へと向かうのだった。

‡     ‡      ‡

「冨岡先生」
 放課後、直ぐに義勇は胡蝶カナエから呼び止められた。
「胡蝶……先生」
「お話があるので少しいいでしょうか」
「……ああ」
 しのぶのことだなと直ぐ分かる。あの後しのぶを連れ帰ったが心配してた旨は告げたものの、特にカナエはしのぶには何も言わなかった。勿論義勇にも。
「……しのぶの前だと話しづらいので」
「分かった……いや、分かりました」
 時計を見ればまだ見回りにも余裕がある時間だった。しのぶは部活をして待っているといっていたので時間が多少かかっても問題ないだろう。
「それで悲鳴嶼先生にもいて貰っていいでしょうか」
「……構わない」
 何故そこにとは思ったが、彼女が必要と思っているのなら否定することはないと考えた。
「悲鳴嶼先生にはあなたたちのことは伝えてあるから大丈夫よ」
「……そうか」
 誰もいない場所と言うことで屋上に向かうが、そこには既に先に悲鳴嶼行冥が待っていた。
「悲鳴嶼先生、お待たせしました」
「特に問題はない」
 二人を一瞥してゆっくりそう行冥は言った。
「……胡蝶姉、それで話とは」
 教師として繕う必要はないと判断して、義勇はいつもの様な物言いに戻っていた。
「あの子があんなに心の傷を負ってしまったのは私のせいです。私を殺した鬼を可哀想と言い残したばかりにあの子に過酷な道を歩ませてしまって……ただ、あの時は本当に哀れだと思ったのです」
 それはある意味傲慢な思いであり、結果として妹達に全てを押し付けてしまった様なものだった。だから間違いは二度としない。
「けれどもし上弦の弐……いえ鬼がしのぶの前に現れたら、その時こそ私が盾となり退治してやろうとは思っています。ええ、そのためなら何でもしようって考えてますから」
 今度は可哀想などと思わない、私の可愛い妹たちを苦しめたりしない。
 自然、カナエの拳に力が入る。
 その時彼女の肩をポンッと叩く者がいた――行冥である。
「胡蝶、落ち着け。気持ちは分かるがな」
「え、あ、はい……有り難うございます」
 それで肩の力が抜けたらしく、カナエはいつもの様に笑顔になる。
「だからその為に幼少の頃より霊力を身に付けて、魔除けになりそうな物を片っ端から家に持ち込んでいたのですが、[[rb:反 > かえ]]ってしのぶを怖がらせてしまって……結果として余計なトラウマを作ってしまいました」
 それだけは本当に計算外だったらしい。妹のことを思えばこそ躍起になっての行動ということか。ベクトルが何か間違っていると義勇ですら思う。
「行冥さんにも怒られました……」
 怒るのか、この男が……うん? 今名前で呼ばなかったか?
 そう思ったが、突っ込むのは止めておいた。
「胡蝶姉、やり方がずれてるが、しのぶにもあんたの思いは伝わってると思う。ただこの話は俺の方から説明する」
 妹への贖罪も籠められているのだろう。それを否定する気にはなれない。
「そうしてくれると助かるわ。私の説明だとしのぶ、聞いてくれないから」
 まあ、今までが今までだから無理もない……
「……胡蝶姉の気持ちはよく分かった。それならば尚更今後はしのぶを脅えさせる様な真似はしないで欲しい」
「しのぶのためなら本当容赦ないわね」
 とはいえ自分のせいなのは紛れもない事実なので、それ以上は何も言えない。
「だが、万が一にも上弦の弐が再び現れると言うのならば俺が倒す……しのぶを今度こそ護る」
 それは怒り、それは悔恨、彼女をもう二度と喪わないためになら何でもしようと義勇は決めていた。
「……有り難う、しのぶのために」
 カナエは静かにそう礼を述べた。もう既に鬼狩りではない彼に倒せるのか分からない、それでも彼は成し遂げるのだろうと思う。
 そこまで愛されるしのぶは果報者だわね。
「……冨岡がそこまで情熱家だったとは終ぞ知らなかった。人とはいろいろな顔を持つが、お前も又そうだったと言うことだな」
「そのようだ」
「成る程、これで得心がいった。不死川が朝からお前のことでぼやいていたのは胡蝶しのぶとの事だったのだな」
 行冥が尋ねると端的に義勇は答える。
「……俺のアパートの隣人で、俺としのぶは恋人同士だ」
 が、それだけで悟ったのか、行冥は何も言わない。
「そうか、不死川にはこのまま二人の関係は黙っていた方がいい」
「そうする」
 彼にも一歩引いていた昔の自分を思い出しながら、そう言う。
「今はしのぶを護ってやりたい……」
「そんな顔が出来るのだな。長い付き合いの割に君のことはよく知らないままだった」
「……以前、俺は全てを避けてきた。今回はそんな真似をしないと決めた、それだけだ」
 行冥にも気にかけて貰ってはいたことを知っている。それを拒んだのは自分自身に他ならない。
「成る程、それはお前にとって[[rb:僥 > ぎよう]][[rb:倖 > こう]]だろう」
 静かにそう言う行冥にそうだと思うと義勇は静かに答えた。

‡     ‡      ‡

「冨岡先生!」
 義勇が薬学研究部の部室にやって来ると待ちかねた様にしのぶが抱き付いてくる。
「……見られたらどうする」
「大丈夫です、もう誰もいないですから」
 だんだん大胆になってないかと思うが、引き剥がす様な前は出来ない。代わりにしのぶの頭を軽く撫でてやる。
 [[rb:一 > ひと]][[rb:頻 > しき]]り抱き付いて満足したのか、しのぶは義勇から離れた。
 いつもの様に弁当箱を彼女に渡し、今日も旨かったと伝えると愛らしい笑顔になる。
「明日も楽しみにしていてください。それにしても今日は少し遅かったですね」
「……ああ、お前の姉と話をしていた」
「姉さんと?」
 義勇は屋上であった出来事を話し、しのぶは複雑そうな顔をした。
「私を護るために……それはいいですけど、どうしたらあんなの持ち帰るってなるんでしょう?」
「姉曰く結界にしたかったらしい」
「だからやたら玄関とか見えやすいところに置いてたんですか……でもあの手のものが苦手なのは変わりそうにないです」
 そう言うほかない。小さい頃から刷り込まれてしまった苦手意識は取り払うには時間がかかるだろう。
「無理しなくていい。胡蝶姉もそう言ってた」
 そこまで追やってしまったのは自分だからとカナエが苦笑していたのを思い出す。
「あと、悲鳴嶼……先生もいたが」
「悲鳴嶼先生、ですか」
「ああ、何故とは思ったが、あの人がいた。お前の姉が呼んだと言ってた」
「そうですか」
 姉さんは悲鳴嶼さんに相談してたんですね。多分その方が有り難いです。
「……お前の姉、下の名前で呼んでた気がしたが」
 誰のとは言わずそう義勇は言った。
「……そうですか」
「いつぞや胡蝶姉が言ってたのは……」
「……正解です。義勇さんにしては鋭いですね」
「……」
 不本意だがその通りなので言い返せない。
「でもそうですか。姉さんが……」
 あのはちゃめちゃも姉が自分のために奮闘してくれたと思えば恐怖が少しは和らぐ。
 それにしてもいつの間に姉さんたちはそこまで仲良くなっていたんですか。
 今度から何かあったら悲鳴嶼さんに言えばいいですね。
「……ああ」
 それ以上は何も言わず、聞きもしない。普通なら姉と悲鳴嶼さんのことをどういう関係なんだくらいは聞くだろうに――そんな人だから好きなんですけど。
「……大丈夫か?」
 不意にそう言って彼女の頬に己の手を当て、義勇はその表情を確認をする。考え込んでいるしのぶを見て少し不安になったのだろう。
「……義勇さんがいてくれるから大丈夫です」
 彼の手に頬ずりをしながらしのぶは答えた。こんなにあなたが心配してくれる、護ってくれるから。
「……ならいい」
 彼女の様子にほっとする。ちゃんと落ち着いてるし、怖がってもいない。
「それより義勇さん、デートのやり直ししてくれるって言いましたよね?」
「ああ、幾らでもする」
「二人で何処かへまた行って、ご飯作って、そのままお泊まりもいいですよね」
 義勇の家にはこれからも通うつもりである。確かに隣人に対しては少し気まずいが、それはそれ、これはこれで考えておくことにする。
「……しのぶ」
「はい?」
「今直ぐではないが、引っ越そうと思ってる」
 今朝決めたばかりの事項を伝える。しのぶにも手伝って貰いたいからだ。自分一人では頓挫するのは目に見えている。
「お引っ越しですか」
「だから週末よければ一緒に回らないか」
「……一緒にお部屋を見て回るって事ですか」
「お前が嫌ならいい」
「嫌じゃないです! むしろ付いて行きたいです!!」
「そうか」
 了承して貰って安心したのだろう、しのぶに笑顔を向けた。
 む、卑怯な笑顔。
 でもそんな無防備な姿を随分見せてくれる様になりましたよね。
 それがとても嬉しい。しかも自分限定というところが更に。
「どうかしたか?」
「いいえ、何でも。でもおうちを一緒に選ぶの、ちょっとドキドキですね」
「……そうだな。だが、お前がいてくれるととても助かる。何しろ俺は台所の善し悪しだの分からんし、お前のためにもセキュリティーがしっかりしてる方がいいと思ってな」
 鬼に効果は無いにしても、少なくとも対人は万全にしたい。今のアパートにはそれがあるとは言い難い。
「……私のためってそれって卒業したら一緒に住んでくれるってことですか」
「……否定はしない」
 照れくさいのだろう、しのぶから顔を逸らしている。それを念頭にしてるとは流石に言えなかった。
「だがそれだとあまりデートになってないな」
「義勇さんと一緒ならそれで私は満足です」
 しかもデートよりもっと親密な内容ですしと内心で付け加える。
「……毎週俺とばかりじゃ退屈じゃないか?」
「全然ですよ。むしろ楽しいです」
 満面の笑顔で言われて義勇も悪い気がしない。
「あの……一つだけ条件が……」
「何だ? 可能な限りは聞くが」
「出来ればペット不可の物件がいいです……」
「……それは俺も好かれないからな。だからその条件なら問題ない」
 しのぶは毛の生えた動物が苦手であるし、義勇は動物には好かれない。
 やはりしのぶに聞いてよかった、自分ではその条件を恐らく考え付かなかっただろう。
「有り難うございます」
「お互い様だ」
 夕暮れの放課後は妙に静かになっていた。窓から見ても生徒の影はほぼ見えない。
「……そろそろ帰るか?」
「じゃあ、また玄関で待ってますね」
「……ああ」
 しのぶが急いで帰り支度をしてると、突然義勇が彼女を抱き寄せてそのまま唇を重ねた。
「……!」
 油断してたしのぶは驚くが、義勇は構わず彼女を求める。彼女の唇を離したのは大分時間が経ってからだった。
「……義勇さんこそ見られたらどうするんです?」
 恨めしげに義勇を睨む。
 人のこと大胆とか言うより大胆じゃないですか。
 そう思うがそれより熱を帯びた口づけが後に残る……
「嫌だったか?」
「……馬鹿」
 そう言って顔を真っ赤にしながら義勇の胸に顔を埋めた。
「嫌なわけないじゃないですか……」
「……そうか」
 彼女の頭を撫でながら、優しく笑って囁く。
「……好きだぞ」
 しのぶはそれに黙って頷くしか出来なかった。答えの代わりに彼のジャージを掴む。
 義勇さんのくせに――そう思いながら。
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