暁月夜譚

三ノ巻


 唇を合わせ、慣れぬ行為に戸惑いながらも互いの指を絡め合う。
 やがて熱い吐息を交わしながら、二人の唇が離れた。
「口づけ……二度目のわりにお上手ですね、義勇さん」
「……善し悪しなど分からない」
 それは間違いは無い。義勇はそもそもしのぶとこんな風になるなどとは思っていなかったのだから。それでもしのぶの脣は離れがたい甘さを持っていた。そんな風に己が感じることにも驚きを感じる。それでもより彼女に触れたいと願う心がそこにはあった。
 しのぶにしても義勇と最初の軽い口づけより遙かに濃厚な口づけを交わしたことに驚きながらもその熱に酔っていた。
 義勇さんって本当に口では語れないくせに、口づけであれば雄弁に語ってくれるんですね。
 互いにどうすべきか思いながらも、離れ難く思っているのは一緒らしく、互いの指は絡み合ったままだった。
「義勇さん……名前呼んでくれませんか」
 しのぶは不意にそう義勇にお願いをした。
「……名を」
 渋い顔をしながら義勇が答えると、
「私、そんなに難しいこと言ってませんよ?」
 しのぶが少し怒ったように言うと、義勇はたじろぐしかない。
 名を呼べばいいだけ。確かにそれはそうだ、ただ彼女の名前を呼べばいいだけなのだから。が、義勇にはそれが難し過ぎた。
 どうすればよいか、そもそもどういう時に、どういう風に呼べばいいのかすら分からない。
 恐らくはこんなときにこそ、お互いに名を呼び合うのが普通であることは分かるのだが。
 名字の『胡蝶』ではなく、彼女が望むとおりに名前の『しのぶ』で呼ぶべき、相手も望んでいるのだから義勇は呼んでいいのだ。が、実際にそれが出来ない。
 頭の中では何十回も繰り返して呼んでいるくせに。
 必死に悩んでいる義勇を見て、しのぶは微笑う。彼らしすぎて、本当にらしすぎてその様子が可愛いとすら思う。
 でもこれ以上、悩ますのも可哀想ですよね。
「本当にもう……不器用ですよね」
 すっとしのぶは義勇の隊服のボタンに手をかけて、外していく。隊服は基本、同じ仕様になっているので他人のものであってもさほど苦労もなく外せた。
「胡蝶……!」
「もう胡蝶でいいですから……だったらせめてちゃんと私を見て、そして抱いて下さい」
 義勇を見つめながら切ない声音でしのぶはそう言う。
 彼女の名を呼べないことへの罪悪感が義勇を襲うが、やはり気軽に呼ぶことがどうしても出来なかった。それは義勇がそれだけ彼女を大事に想っている証拠ではあったが、当の本人にもそれを理解し切れていない。
 義勇にとってはしのぶはずっと特別なのだ。
 何しろ、しのぶは常に一歩引いて、柱の中にいる自分を放っては置いてくれない、むしろ他の者たちとの橋渡しをしてくれてさえいる。
 そのくらいは義勇も気が付いてはいた。ただそれに応えられかっただけだ。
 だからこそしのぶはいつも口煩く義勇に構ってくれていた。その有り難みに甘えていたのかもしれない。
 だからこそそんな彼女のささやかな願いくらいは叶えてやりたいと思っている、思っているが、出来なかった。
 その代わりに、というわけでもないのだろうが、しのぶを自分の方へと抱き寄せて、今度は義勇が彼女の隊服のボタンを一つ、一つ外していく。
「……お前は軽すぎる」
 しのぶが小柄とは言え、その躯は羽のように軽い。自分が抱き寄せれば壊れてしまうのではないかと心配になる。それでも引き寄せたいという想いには勝てずに更に引き寄せていた。
「全身が藤の花の毒に満たされた身体(からだ)ですからね……見た目より重くないんですよ。気持ち悪いですか」
 軽すぎるという言葉に対してしのぶは少し自虐の混じった台詞をいうと、義勇は真っ向から否定した。
「お前らしい、お前の闘い方に助けられても来た。それを否とすることは俺は決してない」
 しのぶを侮辱するつもりなど毛頭ない、ただ蝶のように儚く見える彼女が本当に軽くて軽くて、だからこその言葉だった。
 しのぶとは対立することは確かに多かったが、それ以上に共闘し、使命を達成してきたことのが多い。他の柱たちとはそれが誰であろうとも出来ない。
 しのぶでなければならなかったのだ。
 いつにない真剣な表情の義勇にいくばかりか驚きつつも、その言葉は嬉しかった。
 まったくしのぶがよく覚えているのは言い合いになるばかりの場面だと言うのに、実際はそう思ってくれていたのかと驚いていた。
「そんなときは雄弁なんですね」
「そうか?」
 そうこうしているうちに互いの隊服のボタンはすべて外れ、互いに白いシャツが見える。
「ぬ、脱ぐだけでも結構大変ですね」
「そう、だな」
 特に示し合わせたわけでもないが、ふたりは隊服の上着をほぼ同時に脱いだ。
 そして、示し合わせたわけでもないのに隊服と同じようにシャツのボタンもお互いのものを外していく。
 まず、義勇の鍛え抜かれた胸板、次にしのぶのコルセットに隠された豊満な胸が晒された。
「さすが義勇さんは鍛えてらっしゃいますね」
 義勇が怪我したときなどに何度か見たことがあるはずなのだが、こんな風に見たことは当たり前だが、ない。
「……それの外し方は知らない……」
 しのぶの下着について開口一番、義勇はそう言った。
 しのぶの場合、コルセットを着用していたため、義勇には当然それがどういう風になっているかなどまったく分からない。
 無論、通常で流通しているようなものでなく、隊服の強化と同じく強化工夫が施されているものだ。いざという時に一人で何でも出来ねばならないため、すべてしのぶ個人でこなせる仕組みに放っていた。
 作るときは色々ありましたけどね……
 脳裏に浮かんだ作成者は脳裏で瞬殺した。
 ほんの少しそのときのことを思い出しながら、
「当然です。あなたがもし知っていたら張り倒しますよ」
 そんなの、私以外の女性を知ってることになるじゃないですか!
 それは悔しい、悔しすぎる。
「でもこの際ですからお教えしましょうか?」
 チラリと上目遣いで義勇をしのぶは見た。
揶揄(からか)うな」
「揶揄ってませんよ。でも私のは特殊ですからね」
「……お前のしか触りたくはないな」
 たった一言、その深意が伝わってくる。それは自分だけにこうしてくれるという意味だと分かるから。
 一人で解けるように前面で絞るように作られているコルセットの紐を少しだけ解き、義勇の手に渡す。
「この紐を引っ張っていただけます?」
「これ、か?」
 義勇が言われるままに紐を引くとぱらりとコルセットが外され、すぐさましのぶの胸が露わになる。
 瞬間的にしのぶは自分の胸を隠し、
「さ、さすがに照れますね」
 とはにかむ。
「あ、ああ」
 義勇にしても目前に見えたしのぶの胸は焼き付いて離れない。元々整った体躯の持ち主なのだ。
 衣服を纏っていても豊満と言える体型は着衣せずともそのまま、いや、より魅惑的と言えた。
 ただそれについてどう言えというのだと義勇は思った。ついでに言うならこの場をどうしたらいいのかも分からなかった。
「お互い、裸になりませんとどうにもなりませんから、その……」
「下はそれぞれで脱ぐ方がいいな!」
 これ以上、彼女の胸に注視する前にそう提案した。
「そうですね、その方が心も準備できますし」
「まあ、そうかもしれない」
 上着にこれだけの時間要し、それぞれの下着に至るまで考えればどれほどかかることか。
 二人で考えなくても自明の理だ。
「それに唐突に義勇さんを殴るのも嫌ですし」
「どうしてそうなるんだ?」
 義勇が尋ねると、少し考えてからしのぶは口を開いた。
「その……医療に携わっているので、男性の……機能については当然理解しておりますが……」
 恥じらいを見せつつ、言葉を濁すしのぶに義勇は思わず、
「いい、言うな、それ以上!」
 女にさすがにそんなことを口に出させるわけにもいかず、押し[[rb:止 > とど]]めた。
 自分の下半身がどうなってるか分からないほど義勇も愚かではない。ましてや、しのぶの上半身とはいえ裸体を間近に見ている。
 綺麗だの、美しいだの、美辞麗句が頭には浮かぶものの、この状態で言っていいのか判断が付かない。だから別の行動を取ることにした。
「分かった……俺から脱ぐ」
 言うが早いか、義勇は立ち上がり、しのぶに背を向け、身に付けるものを躊躇いも無くすべて外していく。
 しのぶも義勇に習い、彼に背を向けた状態で身に付けていたものすべて脱いでいく。
 互いの衣擦れの音が聞こえなくなり、しんと間が開く。静かさに耐えかねてしのぶは意を決して尋ねた。
「義勇さん、振り向いてよろしいでしょうか
「……お前がよければ」
 しのぶが振り返れば、義勇は堂々とした姿で立っていた。
「堂々としてますね……」
 いろんな意味でと心の中で付け加える。
「今更なことを言うな。お互い様だろう」
 お前こそ堂々としてるじゃ無いか、そう思うがそれは言わない。おかしな態度を取るのも相手に無礼だと義勇は考え、そうしただけなのだが、何か問題があったろうか。
「まあ、そうなんですけど。それでは窺いますけど、私の裸はいかがです?」
「……美しい、と思う」
 それは義勇自身が驚くほど素直に言葉となって出た。それ以外の言葉がいるだろうかと思うくらい、その言葉しか浮かばなかった。
 その返答にしのぶも驚く。義勇から帰ってくる言葉がいつもよりやはり多い上に会話になってるのだ。
「今宵は随分、言葉を話してくれますね?」
「……そうか?」
「うふふ、あなたからそう言われるのは嬉しいですね」
 好いた男から綺麗と言われれば女冥利に尽きるものである。
 好いた……ああ、そうか。私はこの人のことを好いているのだ。だからこんなにも求めているのだと。
「どうした?」
「いいえ、あなたのことが私は好きなんだなあと今、分かったもので。あなたはどうなんですか?」
「……今言うのか。俺だってどうでもいい相手とはこんな真似はしない」
 義勇は呆れたと言うよりは困ったようにそう言った。事実、しのぶ以外の誘いは無意味だったのだから。
 しのぶ曰く黙ってれば女が放っては置かないと日頃から言われてはいた。
 だが、そんなことには興味が無かった。鬼殺隊にあって必要とも思わなかったし、依頼人が女であっても何も感じるところは無かった。詰まるところ彼の傍には大抵しのぶがいたからだったのかもしれない。
「偶然ですね、私もですけど」
 すっと義勇に近寄り、その手を取って、自分の胸に宛がわせる。
「ですから私たち、お互いに求め合うなら多分、何の問題も無いと思いますよ。義勇さんは……私を求めてくれますか?」
 胸を通して、しのぶの鼓動の早さが伝わってくる。恥じらい、上目遣いで見つめるしのぶに義勇は脳裏で浮かぶ色々な言葉をとりあえず集約して告げる。
「……そもそも求めていないならお前の誘いに応じたりしない」
 だいたい義勇の鼓動とて通常通りではない。惚れた相手の裸体を前にして当然とは言えた。それを如何にしのぶに説明すればいいか分からない。既にこの状態をして何故こうなってるかというのもあるが。
 そうして暫し見つめ合ってから、そうして三度めの、唇を重ね、[[rb:抱 > いだ]]き合う。衣服のない分、より相手の体温を感じ、二人の体が火照りゆく。
「……熱いですね」
「お前もな……」
 お互いに何処が、とは言わない。そこまで無粋なことは幾ら義勇でもしなかった。
 このまま二人で抱き会い続けるのは心地がよかったけれども、それで終わらせるつもりはない。
 だからしのぶは思い切って義勇に提案した。
「あの……このままだと何も進みませんので、あの、まず、その、私の胸にもっと触れていただけませんか?」
 言われるままに義勇はすうっと撫でるようにしのぶの胸に触れた。あまりに心地いい触り具合であった。絹を触ってるような艶やかで、より触れたいと義勇は思った。
 それだけで痺れるような感覚がしのぶの中に走った。
 愛しい人に触れられるのはこれほどに心地いいのかと、甘い吐息を溢す。
 その声を聞いた途端、
「……触れづらい」
 そう言うと義勇はしのぶを抱き上げて、(しとね)へと下ろした。
「……軽いな、お前」
「もしかして心地よくありませんか? 私の胸は」
 しのぶは毒に満たされた躯ではやはり……と少し俯いた。見た目と中身が差異がある、そう思われても仕方ない……が、義勇の答えは違った。
「そうじゃない」
 心地いいどころではない、それ以上だと心の中で思いながら、義勇は苦手な言葉よりも己の行動で伝えることにした。同時に我を忘れるという感覚を思い出していた。しのぶのすべてを味わってみたいという欲望に駆られていたから。
「え――っ?」
 しのぶの形よい乳房に己が手で揉み(しだ)き、刺激で突出した胸先を思うがままに弄り、彼女を味わう。
「んっあっ」
  予想外の義勇の行動に戸惑いながらも、しのぶは己の躯を求められていることを実感していた。そして彼女が危惧していることを否定してくれてもいるのだ。
 本当に、この人は……!
 決して乱暴では無く、しのぶを大事に触れてくれていることが指先から伝わってくる。
 誰かに身を委ねることがこれほどに心地いいことだったとは。
 張り詰めていた日々が遠くに思えるほどにしのぶは無防備になっていた。
 姉を喪って以来、ずっと気を張ってきた。炭治郎が感じたように怒りを笑顔に隠して生きてきた。怒りを感じたのは炭治郎だけでは無く、恐らくは義勇もなのかもしれない。
 誰とでも笑顔で話し、心根を見せないことに徹していた。それがまともに通じなかったのは義勇だけ。彼だけは真っ正面から彼女を相手にしていた。言葉の足りぬという最大の欠点はあったが、そう、彼との任務は楽しかった。
 どうしてもっと早く本音を伝えなかったのだろうか。
 それだけが心残り……なんてこの期に及んで!
 それでも今この一瞬は心のままに……
 義勇が触れるたびにしのぶの躯は紅潮し、その仕草に応えていく。
 少しずつ触れる箇所が増えるものの、やはり義勇にも戸惑いがあるのか、しのぶの秘部には触れることを避けているようだった。
 だからしのぶは義勇の手を取り、己の秘部へと誘う。義勇の優しい愛撫で既に十分すぎるほどに潤っていた。
「あなたが欲しいです」
 吐息で彼の耳にささやき、しのぶはそう言った。
 彼に求めて欲しい、私も求めたい。
「……悪い、場所はあってるのか?」
 我ながら間抜けたことをいっている自覚はあるが、しのぶを傷つけることは避けたかった。
「雰囲気、壊さないで下さいよ、もう……」
 それでもそれは彼の優しさなのだ。不器用もの過ぎる優しさ。
「義勇さんが間違っても怒りませんよ、でも合ってます」
 閨の中で繰り広げられる少々間抜けなやりとりは彼なりの思い遣りなのだろう。
 先ほどからしのぶの下半身にあたる、義勇のものは直接的に触れずとも猛り、彼女を求めている。
 けれどそんなものがちゃんと己の中に入るのかと思うとやはり怖いとしのぶは思う。それが恐らく義勇には分かってしまっている。
 もとより男性経験なぞない、治療という意味であれば何度となく見てきたことあるが、今回は理由が違う。故にしのぶは我知らず身を固くしてしまっていた。
 それは当然、義勇の方にも伝わっており、どうすべきか考え、そうして彼は言った。
「……しのぶ、力を抜け」
「――っ!」
 何で、今……っっ!
 義勇からの突然の名前呼びに驚いてしまい、しのぶの体中の力が抜けた。
 それを狙い澄ましたかのように義勇は己のものをしのぶの中へと進めていく。彼とて己のものを持て余し、その熱情をぶつける先を求めていたから。
 そうして彼のものがしのぶの中に収まりきると、どちらからともなく息を吐いた。
「こ、んなときに、ず、るいですよ」
「名を、呼べとお前は言ったじゃないか」
 義勇はそう言いのけ、彼女の中で暴れたい衝動を抑えながら、
「熱くてきつい……」
「……それって褒め言葉ですかね」
「違うか?」
 そんな会話をしながら、義勇のものが自分の中いっぱいにあること、そして鈍い下腹部の痛みで一つになったことをしのぶに知らせていた。
「ふふ、これであなたは私のものですね」
 悪戯っぽく微笑い、グイッと義勇の頭を抱き寄せ、唇に己のを重ねる。
「……俺はものじゃない」
「いいんですよ、私の義勇さんで」
 しのぶの言葉に照れているらしく、義勇は目を少し逸らした。
 義勇のものは当然ながらしのぶの中で猛ったままではあれど、彼女に気遣ってか動きを見せなかった。
「……ここで終わったらあなたがきついでしょう? それにもっと私はあなたに抱いて欲しい……」
 息荒く二人は互いを抱き締めて、より密着するように重ね合っていく……
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