「ふぁ……っ」
義勇がゆっくりと己の腰を動かすと、それに合わせるようにしのぶの吐息が閨の中に響いた。
「平気か?」
心配げな声がしのぶの耳に届く。
「うふふ、平気ですよ」
痛みがないわけではないけれど、義勇が求めてくれているという事実がしのぶの中で別の疼きを齎していた。
「それにあなたは私が欲しいわけですし」
「……それは……」
「私もあなたが欲しいです。だから下さい、あなたを」
「胡……いや、しのぶ」
思わずいつものように呼ぼうとしたが、義勇は言い直して彼女の名を再度、呼んだ。
まったく又呼ぼうとしましたね……でも言い直してくれたんですね。
それがとても忍ぶには嬉しいことだった。以前の義勇であればそんな真似はしなかっただろう。
「はい、しのぶさんですよー」
明るく返すしのぶに義勇は少し呆れたように返した。
「こんなときによく言えるな……」
「だってあなたが私を呼んでくれる度にあなたが強く感じられるんです」
「それは……」
義勇とて自分のものがどうなっているかくらい理解している。目前の女人が愛おしくてたまらない、そう感じ、そして欲している。自分でも驚くくらいに胡蝶しのぶに欲情していた。
「あなたも私も初めてですけど、遠慮はしないで下さいね。私はありのままのあなたが欲しいんですから」
「……そうだな、俺もそう思う」
それが証拠に彼女の中に入ったばかりの頃よりも彼のものはより熱く、固くなっている。
しのぶが両手を広げ、義勇を抱き締める。
「好きですよ、義勇さん」
耳元でそう囁くと、義勇の顔に朱が走った。相当照れ臭いらしいが、それでもいつものように顔を逸らすことはしなかった。
「……照れることを言うな」
「あなたのそんな顔見られるの、嬉しいですね」
いつもどんなときでもあらゆる感情を直隠しにしてきた冨岡義勇という男の素顔をこんな間近で見られるのはきっと自分だけなのだと思うとなんとも言えない幸福感を感じられた。
「どうせ言葉下手なんですから行動で教えて下さい、私をどう想っているのか」
「……ああ」
言葉にするのはこうなっても苦手なことに変わりない、それでも行動で示すべきだと義勇は思った。
彼女の手を握り、その唇に自分から積極的に口づける。
普段の自分では考えられない行動だったが、不思議と違和感なぞなかった。
そうしながら、傷つけたくないから己のものをゆっくりしのぶの中で動かしていく。労りを込めた動きにしのぶの腰もそれに応えてくる。
口づけているから互いの声は出ないが、吐息は漏れる。しのぶから甘い香りが漂い、その香りに義勇は酔いながら彼女を求めた。
藤の花、か?
それはよく知っている匂いである。
彼女の躯には藤の毒ではなく、その花が咲いているように感じた。
「いい香りだ……」
しのぶの脣から離れた途端、義勇はそう言った。
「え?」
「お前の香り」
「私の……?」
「藤の花の香り」
「ああ、確かに私の体には藤の毒がありますから……そのせいかと」
毒の香りすらする女、ですか。女としては終わってますね。
仕方ないですけど、少し哀しい……。
が、義勇の答えは違った。
「……いや、違う。花の香りだ」
毒ではない、花の香りと義勇はしのぶに言ったのだ。それはしのぶにとって予想外の答えだった。
「ぎ、ゆう……さん……」
「お前の匂いはいい」
そう言うと義勇は答えを待たずに先ほどより少し激しく深く、浅くの動きを繰り返し、彼女の中で己のものを馴染ませていくことに専念する。
返ってくる答えは聞きたいと思わなかったのだ。
「んぁ……!」
義勇のものが動く度、しのぶの肢体も敏感に反応していく。義勇のものを銜えて離さず、もっと奥へと引き込むように仕向けては更に締め付けた。
既にしのぶの顔に苦痛は見えず、むしろ義勇を求めているというしのぶの言葉を肯定していた。
しのぶの心地よすぎる締め付けに義勇はそれだけで果てそうになるほどであった。
が、それではもったいないとばかりにしのぶの胸に舌を這わせ、その汗を味わいながら彼女を責め立てていく。
「割と……大胆ですね……」
義勇の攻めに酔いしれつつ、悪戯めいた微笑でしのぶは義勇を見つめた。
「遠慮するなと言ったのはお前だ」
しのぶを味わう行為を止めることなく、義勇は答えた。
「ん、あ……そ、そうですよ、だからもっと、もっと下さい、あなたを」
「……分かった」
そう言うと義勇はしのぶの腰を抱き、己のもので責め立てた。
激しさを増す動きにしのぶも合わせるように腰を動かしてく。
互いの動きによって互いの繋がりが深く、深くなる。そうすればそうするだけ昇り詰め、言葉を話す間もなくなる。
やがて義勇のものが限度を超し、しのぶの中へと放たれた。
それとともにしのぶの艶っぽい嬌声が閨いっぱいに響く。
ふたりで同時に達したのだろう、その手は互いにしっかりと握られていた。
息荒く、しのぶの方へと倒れ込む義勇をそっと抱き締め、
「……まだ固いですねぇ」
何を、とは言わない。何しろ、自分の中にある義勇はまだ滾ったままだったからだ。
「……お前が良すぎるだけだ」
それは本当だった。そしてしのぶへの欲望は信じられないことにまだ足りていなかった。もっともっと彼女が欲しい、そう思っていた。
「――っ」
義勇に真顔でそう言われては赤面するしかないではないか。彼は嘘を言わないのだから本当にそう思ってくれて言うのだ。
「本当に今日の義勇さんは卑怯ですね」
「何がだ」
「だって私が嬉しくなることしか言わないんですもの」
「……悪いのか」
この想いは一方通行か。それならばこの状態をどうしたらいいのだろう。それでもきっとしのぶを離すことができないだろう自分を義勇は自覚していた。
けれど義勇に帰って来たのは違う言葉。
「いいえ、いいえ、もっと聞きたいです」
それはしのぶの本音だった。義勇からの言葉をもっと聞きたい、それが見えないものでもいい、抱き合うだけでもいいから欲しかった。
「だから……だから何度でも下さい、あなたを」
この一夜の夢を――!
この夜が過ぎればしのぶは自分の道を進むしかない。だから今はこの熱に酔っていたい。
「貰う……」
しのぶの返答に安堵を覚え、同時に何か不安を感じてもいた。しのぶの様子に何かを感じたのだ。
けれど今はそれを問うべきではない。
義勇はそう思い、そして己の中にある欲望を彼女に向けていく。彼女の肢体を味わうべく、その胸、その腰、その腕、その足など止めどなく求めていく。
しのぶもそれに応えるように積極的に義勇のものを締め付け、彼の愛撫に酔いしれる。
彼のたくましい胸に顔を埋めてみたり、その胸に口づけてみたりと愛らしい仕草で義勇に応えていく。
互いの荒い息、互いの熱、互いの欲望、すべてが絡み合い、ぶつけ合い、そうして再度上り詰め合っていく。 そうして幾度互いを求めたか分からなくなるほどに二人は交わり続けた。
体力の限界を超えたものだったのかも知れない、それともただ抱き締め合いたかったのかも知れない。
自然と互いの手を握りしめ、しのぶは義勇の胸に顔を埋めた。
「好きです、義勇さん」
改めてしのぶはそう告白した。義勇はそれにすぐさま応えることが出来なかった。
「……」
好きだ、惚れたと言えればいいのだが、上手く言えない。だから義勇は彼女の唇に己のを重ね、奪うことで伝えることを選んだ。
その行為の意味を理解し、しのぶは彼を抱き締める。
このまま夜が明けなければいい、そう願いながら。