BranNewDays

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「冨岡先生、約束通り来ましたよー」
 呼び鈴が鳴ったので、義勇が出ると開口一番、しのぶがそう言った。
「胡蝶……」
 お前、何でと続けるより先にしのぶはお邪魔しますと義勇の横をすり抜け、さっさと部屋へと侵入していく。
「どうせ(ろく)なもの食べてないと思いまして。食材は買ってきましたからご安心……」
 しのぶが言いながら冷蔵庫を開ければ、本当に碌なものは無い。
「……義勇さん、ビールとつまみは食事じゃありませんからね。まさかつまみで生き延びてるとかじゃ……」
 図星というかそのままだった。元々無頓着な上に食えればいい主義も手伝って、彼の食生活はあんまりよろしくはない。
「なんで分かる……昼飯はだが食ってるぞ」
「ぼっちで食べてるぶどうパンと牛乳なら食事って言いませんよ? 食堂で食べてるときの方がましです。大体体力持ちませんよ?」
「……別にぼっちじゃないが」
 本気で思ってるのは表情で理解(わか)る。
 この人は……
「……一人で食べてますよね? いつも見てましたから」
「……いつも」
「そうですよ」
 実際、義勇は暴力教師として問題視されてるものの、生徒からの人気は一定数ある。
 そうつまりは女子にもモテる……!
 実際、義勇を見ていたのはしのぶ一人ではない。それこそ弁当箱を持った生徒や教師が何人もいた。しかしどうにも近寄り難いらしく、それを渡せたものは一人もいなかったが。
 今後どうなるかなんて分からないのだ。
 卒業まではなんて甘いことを言ってられない!
 幸い自分には料理の特技もある、使わない手はない!
「どうせ今も鮭大根がお好きなんでしょ?」
 さりげなくしのぶが聞けば、それは今も変わらない好物ではあるので頷く。尤も自分では作れないので食べる際には当然外食となる。
「……ああ、よく神崎のところでも食ってる」
 その言葉にピクッとしのぶがなる。
「神崎……アオイの家で?」
「ああ、食堂やってるからな助かる」
 そ、そういえばそうだった……
 一瞬、嫉妬の炎が燃えたが、それを聞いた瞬間一気に鎮火する。
「しょ、食堂とは違うお味になるでしょうけど、しのぶさんの自慢の腕見せて差し上げますよ」
 早とちりを気が付かせたくなくて、しのぶは急いで料理に取りかかるべく、台所をチェックしてみる。
「根本的な調理道具はありますね」
 でも殆ど使っていない……本当にTHE一人暮らしを絵に描いてる人ですね。
 鍋とか包丁はあってよかったですけど。
 流石に鍋なし包丁なしでは何も作れない。
「ああ、姉さんが一応持っておけと言うのである」
 そうだ、この人にも姉がいるんでしたっけ。流石お姉さん、分かってます……有り難い。
「……それにしても全部綺麗なままですね」
「あまりやらんからな」
 根本的に自炊に向いていない性格は自分が一番分かっている。それでも姉がどうしてもというので根負けした結果である。
「ですよね。でもそれなら私が使い倒します」
 あらかじめ持ってきたエプロンを着けながらそう言った。
 折角揃っているのに使わないなんてもったいない。でも来る口実が出来て何よりと密かにしのぶは思う。
「……使い倒す」
 それはつまりまた来ると言うことか。それは何となく嬉しい気がするのだが、そこは教師として駄目だろうと思い直す。
「胡蝶、それは……」
 義勇が何か言う前にしのぶはさっさと料理を始めてしまっていた。
 手際よくテキパキとこなしていく姿は何処か眩しい。
 動作にそつがないので慣れているのだろう。
「ご飯もないとか……もう」
 文句を言いながらも手を止めたりはしない。
 予想はしていたのかある程度自前で持ってきているようだった。
 確かに何もない……
 思い返しても買い物自体さほどしていない。
 そもそも自分の家に女がいること自体、不思議な感じがするのだが。
 じっとしのぶの姿を眺めながらそう思っていた。
「義勇さん」
「何だ?」
 不意に名前を呼ばれ、義勇は少し焦りながら答えた。
「次からお弁当持って行ってもいいですか」
「……いや、俺たちは教師と生徒であってだな」
「大丈夫ですよ、学校で渡すわけじゃ無いですし」
「どうやって……」
「ほら、フェンシング部も朝練ありますし、義勇さんが早めに出てくれればいいだけですよ」
「話を聞け、胡蝶」
「偶然会って学校までなんてよくあることですよ?」
「……毎日なら偶然と言わん」
「私は気にしませんよ」
「いや、そういう問題では」
 仮にも教師と生徒、なのだ。
「私は気にしないと言ってますよね」
「胡蝶……」
 そういう問題ではないと思うのだが、これ以上言うのは自分が嫌だった。
 結局、この状態を喜んでるのは俺の方じゃないかと気が付いたが、それを口にはしなかった。
 一方のしのぶもしのぶで義勇が自分を眺めている光景が嬉しかった。
 やっぱり胃袋掴むは基本ですよね。
 元から料理は好きな方であったし、好きな人の好物を作るのはやっぱり楽しい。
 毎日来ちゃおうかな。食生活心配すぎますし。
 愛しい人のために料理をしながらそんなことを思う。
 静かに料理の音だけが部屋の中で響く。
 何となく会話もなく、それでも何処か暖かい空間がそこにはあった。
「出来ましたよー」
 やがて料理が出来上がり、綺麗に盛り付けてしのぶは義勇に見せた。
「味が沁みるのは一晩置いた方がいいんですけど、作りたても美味しいですよ」
 出来上がりは問題なく、自分でも一番いい仕上がりだと思う。
 鮭大根をメインにして、ご飯とお味噌汁という簡単なものだったが、義勇にしてみればご馳走である。
「お口に合えば嬉しいですが」
「いい匂いだな」
 口にする前からこれほど美味しいと感じたのはないのではないかと思った。
「さぁさ、召し上がってくださいな」
「……ああ」
 一口口に運べば、想像よりも遙かに旨いと感じた。ここまで義勇の好みに合ったものは(つい)ぞない。
「いかがですか?」
「……旨い」
「よかった! うふふ、毎日だって作ってあげますから」
「それはそれで幸せかもな……」
 その言葉を聞いて、しのぶは花のように微笑った。
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