二人で食事を終え、片付けなども一段落した後、義勇はしのぶに向かって至極当然なことを伝えた。
「……家まで送る」
が、瞬間的にしのぶは拒否を示した。
「嫌です、絶対に嫌です。帰りません」
「あのな……」
しのぶからしてみれば折角来たのに冗談ではない。誰がおとなしく帰るものですかと思っていた。
「もう泊まるって言ってきましたし」
友人の家に泊まるとは言ってきたが、姉は多分気が付いている……
「おい」
泊まるって何だ。人に理性を期待するなよと思いながら、どうするべきか悩む。
「俺たちは教師と生徒だぞ」
「そんなことで逃げないで下さい! そんなこと些末です」
「全く些末じゃないと思うが……」
どう考えても教師としては重大問題で頭を抱えたくなるが、しのぶが言いたいことは分かる。
「……だって誰にも渡したくないんです」
「……誰も取らんぞ」
実際、自分なんぞ誰も欲しがらんだろうと義勇は真面目に思う。だからせめて卒業を待って欲しいと。
が、そんな理由ではしのぶは納得しない、したくもない。
「義勇さんは分かってないですよ」
しのぶが学校においてどれだけやきもきしていることか。今はいなくてもそのうちに彼に直接ラブレターを渡したり、告白する輩が出るかもしれない。
私だけの義勇さんなのに……
そう思うだけでしのぶのご機嫌は斜めになっていく。
「何故怒る」
「……私が怒るとすぐ分かりますね」
「……それは、まあ」
義勇にとってはしのぶが怒っている感情はとても分かり易いと感じていた。だが、周囲には通じてないあたり、何故なのだろうとは思うが。
「義勇さんは私に逢いたくなかったんですか? 再会したとき嬉しくなかったんですか?」
「それは……ない」
どれだけ逢いたかったことか。今とてどれだけ抱きしめたいか。
そう思えば、しのぶをぐいっと引き寄せて抱き締めていた。己の腕にある彼女の温もりが愛おしい。幻ではなく、確かにここにいる。
「……頼むから煽るな……」
必死な思いで義勇は言う。言ってることとやってることが違うだろうが自分で突っ込みながら。
「だって義勇さん、モテるんですよ?」
逆らうどころか、反対にぎゅっと彼に抱き付きながらしのぶが言った。
「……知らん」
義勇にとっては本当にそんなことはどうでもいい。今腕の中ににある温もりの方が遙かに大事だったからだ。
「……お前がいればいい」
「……本当ですか」
「嘘は言わん」
「なら証明して下さい」
「証明……」
しのぶの頬を撫で、
「後悔しても知らんぞ……俺も男だからな」
「しませんよ、するわけないでしょう?」
しのぶの顎を持ち上げて、そっと口づける。それは軽く、唇を重ねるだけの優しいものだった。
[温かい……
知ってるはずの温もり、知らないはずの温もりがそこにはあった。
だからしのぶはもっと欲しいと願う。この人のことで知らないことがないように。
だから唇が離れた途端、彼女は求める。
「……もっとしてください」
「だから煽るな……このくらいで治めたい」
ただでさえ必死に押さえてるというのに!
「嫌です、いくらでも煽りますよ……だって前は一夜だけでしたから」
今度は何度でも抱きしめて欲しい、抱いて欲しいと願う。
一方の義勇も結局のところ、先を求めて強請る少女に逆らえない自分がいた。
抱きしめていて気が付く――しのぶの確かな重みに。
「ちゃんと重みがあるな……」
あのときのように軽くはない、しっかりそこにいるのだと実感する。儚く消え入りそうな女ではなく、コロコロ年相応に表情を変える少女がそこにいた。
「もう! 女の子に何てことを言いますか!」
が、重いと言われて怒らない女子はいないわけで、しのぶとしてはこんなときに言う言葉かと義勇を思わず殴ろうとするもその手をあっさりと捕まれた。
「すまん。悪い意味じゃない、消えてしまいそうだったからな。あのときのお前は……」
「あ……」
ああ、そうか。あのときは私も必死だったけれど、この人に傷を負わせてしまっていたのだとしのぶは気が付いた。
「ごめんなさい……」
「お前が悪い訳じゃあない」
そう言って掴んだ手を離し、先ほどより彼女を強く抱きしめた。
「……又名前を呼んでくれますか?」
義勇は少し考えてから、
「……しのぶ」
そう呼んだ。
「はい……」
名前を呼ばれるだけで嬉しい。それも今度は躊躇いなく呼んでくれた。
「義勇さん、好きですよ」
「……俺もだ」
そうして引かれ合うようにそのまま唇を重ね合う。先ほどよりも深く、長いキス――。
義勇は彼女を求めるがままに彼女の口腔へと己の舌を侵入させ、彼女の舌を絡めていく。
「ん……」
今までにない激しさに少し驚いたが、しのぶも直ぐにそれに応えた。
そのまま、互いの感情のままに口づけを交わし続ける――これまでの分を取り戻すかのように。
どれほど時間が経過したのか二人とも分からないが、それでも名残惜しげに唇が離れる。
しのぶは自分の唇に触れながら、
「義勇さんは本当にキスだと雄弁ですよね」
「どういう意味だ……」
「私を想ってくれてるのがよく分かるってことですよ」
「……悪かったな、口下手で」
口はうまくない、というよりかなり駄目な方だろうという自覚はある。
「キスが上手いなんてこと……こんな義勇さんを知ってるのは自分だけだからいいんです」
「……そうか」
よく分からないが、彼女がいいというのであればそれでいいのだろう。他のものにこんなことしたいと思ったことすらないのだから。
しのぶは義勇の頭を抱き寄せて、
「だから離さないでください」
切ない声で囁く。甘くて響く声だった。
「……止まらんぞ?」
「望むところですよ」
そう言って二人は再び口づけを交わす。先ほどよりももっと熱を込めて。