「デートしたいです」
義勇の腕の中で甘えながら、しのぶは言う。
「……そもそも普通そこからじゃないか?」
考えなくてもいろいろ手順をすっ飛ばした気はする。
しのぶにも悪かった気がするのだが、当の本人はきっぱり言い放つ。
「私たちはこれでいいんです。で、デートしたいです」
「堂々とは無理だぞ……」
流石に二人揃って界隈を歩けば目立つ。自分は兎も角、しのぶは絶対的に目立つ。
自分の容姿を分かっていない義勇はそう考えた。
「私も義勇さんも少し変装すれば大丈夫ですよ。どうせ義勇さんの持ってる私服なんてジャージなんじゃないですか? その方が目立ちますけど?」
「……む」
それを言われても反論の余地がない。後、せいぜいあるのはTシャツにジーパンくらいだ。
「うふふ、一緒に選んで買いましょう?」
「……いや、だから目立つだろう」
「少し遠い街でなら大丈夫ですよ。どのあたりがいいですかね」
誰とも合わないような場所を幾つか頭に浮かべながらしのぶはそう言った。
「……」
「うん、大丈夫です」
こいつ、一切譲る気がないなと義勇は思った。元々頑固なところがあることは十分知ってる。
それにそんなに楽しみにされては断りづらい。
「……分かった」
「約束ですよ?」
「……男に二言はない」
それを聞くとしのぶはいい笑顔で義勇に小指を差し出す。
「じゃあ指切りをしましょう」
「……子供じゃないだろう?」
「約束! 絶対護って貰いますからね!」
「分かった、分かった……」
しのぶの小指に自分の指を絡め、言うとおりにしてやる。
「これで破ったら本当に針千本飲ましますからね」
「……善処する」
絶対やるな、こいつは。
だが、そもそも自分とデートなんぞして楽しいのだろうかと義勇は思う。
「いつにしましょう。早いほうがいいですよね。今週はちょうど学校も短いですし」
「……抜けてたが、テストだろう?」
ついでにそれに合わせた自分も仕事が当然ある。
「そんなことで落とすようなしのぶさんじゃありませんよ」
そう言われればそうだった。品行方正を絵に描いたような少女、それが胡蝶しのぶである。
俺に見せる顔はそれとは全く違うが。
「それにお嫁さんにしてくれるってことですし」
「……あ?」
「責任を取るって仰いましたよね」
「……確かに」
それに異存はない。この世界では可能なことだ。けれど今から自分一人に縛るのはどうなのだろう。
とは言っても義勇が彼女を離せるかを考えられるのかと言えばそれはない――もう疾っくの昔に離せやしない。
「……責任はちゃんと取る、が、お前がやりたいことがあるならちゃんとやれ」
「……」
「……何だ」
「ちゃんと私のこと考えてくれるんですね」
「当たり前だ」
「そうですね、勉強したいことはあります」
「……薬学だろう?」
「やっぱりちゃんと理解ってくれますね」
こんな優しさがあるからこの人が好きなのだ。
「ねえ、義勇さん? 私は何度だって抱いて欲しいです」
「……後は卒業までお預けだ」
「我慢できますぅ?」
悪戯っぽい微笑みを浮かべたまま、自分の胸に彼の手を宛がった。
「……おい」
「私は煽りまくりますからね」
「俺の理性に期待するな……」
「してませんから全力で煽ります」
何があっても煽る気満々だな。
それでもどうにもしのぶには勝てそうにはないと義勇は思う。
「……なら、しのぶ、他の男を見るな」
とそれだけ釘を刺すべく、耳元で囁いた。誰にも渡したくない、渡せないと思うから。
「……!」
顔を真っ赤にして、無言で義勇の胸を叩く。
義勇さんのくせに、義勇さんのくせに!
「……だったら義勇さんも浮気したら駄目ですからね」
「……する予定もないが」
約束ですよと言いながら、すりすりと彼に甘える。躰を密着させるのをしっかり忘れずに。
「……お前、まだお互い裸って言うの忘れてないか?」
「分かってやってまーす」
「……お前な」
「さっきも言ったじゃないですか、煽りますって」
「……今もか」
「今もです」
クスクスと微笑いながらしのぶは言うが、義勇にしてみれば洒落になってはいない。
「大好きですよ、義勇さん」
そう言って彼の唇に自分のを重ね、そっと舌を忍ばせた。
「……!」
義勇は突き放すよりも前に彼女を抱き、口づけに応えてしまう。そうしてそのままお互いに舌を絡めさせ合い、強く求め合った。
静かな部屋に響くのは互いの舌を絡ませ合う音のみ。
漸く離れたのはどれほど経った後か。
「煽り耐性ないですね……」
「……お前がそう志向けてるだろう」
どれだけ押さえようとしてもしのぶが行動を起こせば抗えない自分がいた。
「だってもっと欲しいんです……」
可愛い顔で強請るしのぶに、もうどうにでもなれと理性がぶち切れる。
どうやれば俺がこいつに逆らえると言うんだ!
しのぶを押し倒し、そのまま首筋、そして彼女の手や腕に口づけを繰り返していく。
「ん……」
彼が触れる度、しのぶは身体を震わせて甘い声が漏れた。先ほどよりもよっぽど艶のある声で。
それは義勇にとって甘い毒のように彼を酔わす。
そうして触れる箇所が一切ないかのように義勇はしのぶを求める。彼女の胸、彼女の腕、彼女の秘部、彼女の足のすべては彼のものだから。
一方のしのぶも義勇からの全身に渡る愛撫が心地よすぎて彼に酔っていた。彼が触れられるほどに熱く乱れゆく。
「きつければ言え。止める」
見たこともない乱れ方に義勇は心配をして、そう言った。実際は止まれやしないくせに。
「だ、いじょうぶ、です」
自分から欲しいと言ったのに止めるなんて冗談じゃない。
義勇の頭をぎゅっと抱き締め、
「義勇さんをもっと、もっと下さい」
「分かった……」
義勇は再び自分のものをしのぶの秘部へと押し当て、侵入していく。先ほどよりは解れているのか、スムーズに彼女の中へと進めた。
「何度も……言い、ますけどわ、たしは……卒業までなんて……ぜっ、たい待ちませんからね?」
彼のものを受け入れながら、しのぶは何度となく言っている台詞も再度言う。
「……少しは待て」
その意味はしのぶを労ってくれているのは理解っている、それでもこの時間が夢のようで、消えそうで堪らない。
「もう離れたくないんです」
今生きてる世界はあの世界ではない、そんなことも誰に言われなくても理解ってる。けれど彼の温もりが優しければ優しいほどに不安が増していくのだ。
「……言われなくても離さん」
そう言って義勇はしのぶの顔を愛おしげに撫でる。どうして離せる? この愛しい女を?
「こんなに夢中になれる女はお前以外いない」
「私こそですよ……」
彼の、その言葉が、その態度が嬉しい。心の中に沁みてくる優しさがそこにはあった。
確かに年齢的にはしのぶは若い学生という身分だが、今はそれから解き離れていたい。常識なんて今はいらないから。
義勇も同じ気持ちであり、既に彼女を抱くことに集中して我を忘れている。否、わざと忘れているようにしているだけだ。
口づけを何度も交わし、互いで互いを攻め合うを繰り返す。
まるで終わりの無いように求めることを止めない。
それでも残された理性で義勇は己の欲望を彼女の中に出すまいとはする。
しのぶは彼を抱き締め、そのままでいいと囁いた。
その甘いささやきに勝てず、義勇は結局しのぶの中に己の熱を放ってしまっていた。
「……」
「我慢しないってい言いましたから」
彼が何かを言う前に悪戯な微笑みを浮かべてそう言った。
「……お前な」
尤もその熱をどうしたらいいか分からない自分もどうかしているが。
「やっと……でも帰って来た気がします……」
「……そうか、そうだな」
あの日の熱は未だ続いていたのかもしれない。
これからを考えると今日のことは馬鹿の極みといえるが、それでも彼女を抱かない選択がない自分に呆れ返る。
「……しのぶ」
「はい、義勇さん」
「好きだぞ……」
そう言って静かな口づけを彼女に送る……愛おしさを込めて。
しのぶは義勇からの言葉に少し驚いたが、彼からの想いをそのまま受け止めるのだった……