「……風呂に入るか」
流石にこの状態でいつまでもいるわけにはいかない。
「一緒にですからね」
すかさずしのぶはそう言った。
「……狭いぞ」
うちの風呂は、が見事抜ける説明をしつつ、義勇は言った。
「一緒に入ってくれないなら、このまま帰ってやりますからね」
「……分かった」
言い出したら聞かないことくらいは理解っている。
そもそもそのまま帰せるか。いろんな意味でアウト過ぎる……
乱れに乱れた姿がちらつくが、そこは自重しろと自分に言い聞かせる。ただでさえしのぶの誘惑には弱いのだから。
「入れてくるから少し待ってろ」
しのぶに布団を軽く被せ、自分の目から隠す。
「はぁい」
義勇の気持ちを知りつつ、布団の上で鼻歌を歌いながら暢気にしのぶは待つ。
どれだけこの日を待っていただろう。
再会したあの日からずっと待っていた、求めていた。
義勇さんも同じに想ってくれていた……
何となく部屋を見回しても殺風景そのもの。
それでも何となく温かいのは義勇の部屋だからだろう。
一方の義勇は風呂を沸かしながらタオルなどを揃えてみるが、あまり数は無い。それでも二人で入るのであれば問題はなさそうだった。
……分かっていればそれなりに買ったんだがな。
そうこうしているうちに風呂は沸いたようだったので、しのぶを呼び寄せた。
「……あんまりろくなものは無いが」
「いいですよー、何せ汗でベタベタ……」
「……俺だけのせいじゃない」
「でも洗ってくれますよね?」
「……俺がか?」
「義勇さんの他に誰がいるんです?」
「……期待するなよ」
「優しくして欲しいです」
「……努力する」
それ以上の回答は放棄する。どうせ勝てないのだ。
二人で入ると、一人暮らしにはちょうどよい広さの風呂は確かに二人で入るには少々狭い感じではあった。が、置いてあるものは簡単明瞭で、ボディーソープにシャンプーくらいという粗末さである。
「最低限、って感じがあなたらしいですけど」
「……面倒が嫌いなだけだ」
「シャワーはあるんですねー」
シャワーの温度を確かめている義勇にそう言った。
「基本それだけが多いしな」
彼も風呂は嫌いなわけでは無いが、面倒さを感じれば直ぐ止めてしまうのは一人暮らしの性か。
「ほら、しのぶ」
言いながらしのぶにシャワーを浴びせてやる。人のことなど洗ったことはないが、ひとまず濡らしておくのは間違いないだろう。
しのぶはシャワーを受けながらも義勇に抱き付き、
「……風邪引くぞ」
そこは男として我慢するほかない……。
「……洗ってやるから」
「先に体洗って下さいね」
「俺がか」
「義勇さんが、です」
「もうどうせあんなこともこんなこともしてる仲なんですから今更じゃないですか」
「……まあな」
ため息をついてから彼はボディーソープを泡立てて、彼女の体を洗ってやる。当然、大まかに。
「……細かいところは自分で洗え」
「……」
物凄く不満そうなしのぶに妥協点を伝える。
「その代わり髪も洗ってやるから」
「はぁい、それなら許してあげましょう。今日は」
躰中の泡をシャワーで落としてやり、続いてしのぶの髪を彼なりに優しく洗ってやる。彼女も気持ちよさそうな表情をしていた。
その表情を見ているだけでも別の意味でやばそうだと義勇は思う。
続いて、洗い流しも彼にしては丁寧にやってやる。
「シャンプーだけだとパサパサになりますね」
いつもであれば当然トリートメントもかかさないので不満は残る。
お泊まりセットフルコースで来るべきでしたね。義勇さんの性格を知ってるのに失態、失態。
「……悪い」
確かにしのぶの髪にはそれだけではよろしくないのは義勇でも分かった。男の自分のように簡単ではすむまい。
が、彼にしてみればそもそもこんな事態になると思ってなかったわけだが。
「義勇さん髪も洗ってあげますよ?」
「……いい、お前が大変だ。先に風呂入ってろ」
「冷えるからが抜けてますよ。」
「冷えるから入ってろ」
確かに背の高い義勇相手に小柄のしのぶが立って洗うには無理が少々あるのでそこは諦めた。
義勇さんに何だかんだで洗って貰えましたし。
横目で彼が洗う様子を見ながら、
「手早すぎますよ……」
「……こんなもんだと思うが」
髪や身体を洗うのに所要時間の短いこと、短いこと。しのぶの髪にかけた時間より明らかに短い。
「……お前はゆっくり温まって出ろ」
「一緒に入らないんですか?」
「これ以上は理性が死ぬから止めろ」
「死んでいいのに……」
「勘弁しろ……」
今のこの状況とてかなりやばいというのに。
煽ることにかけてはしのぶは天才だ、と思う義勇だった。
結局狭い風呂に二人ではいる羽目になったのは言うまでもない。
‡ ‡ ‡
「信じられませんね、ドライヤーすらないなんて」
お風呂から上がって、開口一番しのぶがそう叫んだ。
「……勝手に乾くからな」
タオルで適当に自分の髪を拭きながら、しのぶにもタオルを渡しながら言う。
「だからそんなにバサバサなんですよ! 大体冬に風邪引きます!」
本当に自分のことには無頓着なんですから。
タオルで丁寧に乾かすしのぶを見つめながら、
「……分かった」
「何がです?」
「……買っておけばいいんだろう」
「だからどうして主語が抜けるんです。でも、よろしくお願いします」
又しのぶがここへ来るのを認めることになっているが、敢えて触れずにおく。
「洗濯……では間に合わないな」
自分の着替えはさっさと済ませながら、義勇は困り顔で言った。
「大丈夫です、下着の替えくらいは持ってきてますから安心して下さい。[[rb:寝 > パ]][[rb:間 > ジヤ]][[rb:着 > マ]]もありますよ」
最初からそのつもりだったのでそのあたりは用意など万端である。お泊まりの用意が所々抜けているのはやはり緊張していたのかもしれない……
「……お前……」
にっこり微笑うしのぶに絶句する。
「最初からそのつもりって言ったじゃないですか」
「……策士だな」
「褒め言葉として貰っておきます」
全く勝てやしない、この少女には。
「……だが、お前そこまで用意してるならお前が使ってるもの全部持ってくればよかっただろう?」
「……私だって緊張くらいしますよ」
「……そうか」
どんな思いでここまで来たのか、それだけで理解した義勇はもう何も言うまいと思った。
「ほら、寝るぞ。まだ朝まで時間がある」
「はーい」
義勇も最早しのぶが当たり前のように布団に入ってきても何も言わない。
「義勇さんって温かいですよねー」
「……そうか?」
「安心します」
「……喜んでいいのか分からん」
義勇の腕を枕にして、
「喜んでいいんですよ」
「……そうか」
そんな会話をしているうちに、どちらからともなく眠りについていた――しっかりと抱き締め合いながら。