BranNewDays

7


 とんとんとん……
 自分の家では聞き慣れない音がする……
 義勇がうつらうつらとした状態で起き上がった。
 ……それにいい匂いがするな。
「義勇さん、起きましたか?」
 しのぶが気が付いて声をかけてきた。
「……ああ」
 いつの間にか朝か。そしてしのぶはそこにいる。昨晩のことは夢では無いと言うことだ。
 今の今まで全く起きなかった自分に驚きつつ、
「朝ご飯出来てますから顔洗ってきて下さい」
 しのぶに言われるままに洗面所に向かう。
 言われるがまま過ぎだろう、俺……
 そうは思うが風景として悪くはないと思う。惚れた女と過ごしている時間はやはり特別なのだろう。
 顔を洗って戻ると、既に朝食の用意は終わっており、しのぶが待っていた。
「……待たせた」
「いいえ、ちょうど出来たところですよ。でも、朝御飯の分も買ってきておいて正解でした」
 それについては夕食に続いて反論の余地はなかった。
「……善処する」
「……あんまり善処しなくてもいいですけど」
 一人で何もかもやられたのでは出番が無くなる……
「……それはない」
 しのぶの心を見透かすように義勇はそう言った。
「そうですか?」
「……そうだ」
 朝食は義勇の趣味に合わせてくれてるのだろう、和食で昨日作ってくれた鮭大根に、ご飯、大根の味噌汁、それに目玉焼きと普段の義勇からしたらご馳走となる品揃えだった。
「……旨い」
 ひとくち口にすれば、それしか言えない。鮭大根も昨日より味が沁みており、より旨味を感じる。
「有り難うございます」
 昨日と同じく美味しそうに食べてくれますね。
 義勇の様子にいたく満足しながら自分も食事に付く。
 好きな人との朝御飯……幸せ。本当に夢みたい。
 二人でとりとめない会話を、しのぶが話して義勇が頷く構図が多いが、食事を続ける。
 そういえばと義勇は今更気が付いた。昨日もそうだったが、見慣れない食器が多い。
「……今気が付いたが、食器も持ってきたのか?」
「どうせ二人分なんて無いと思いましたから」
 あっさりとしのぶは言う。実にその通りなので答えようもない。
「……」
「ちゃんとお揃いで買ってきたんですからね」
 恥ずかしげにしのぶがそう言うと、義勇ははじめて気が付き、食器を見れば確かにそうだった。
「言わないと分からないあたり、義勇さんらしいですけど」
 怒るよりもおかしくなり、しのぶはクスクスと微笑う。
「……割らないように気を付ける」
 だから大荷物だったのか。迎えに行ってやればよかったな。
 そう思いながら言う。
「……後、次からはちゃんと呼べ」
「呼ぶ?」
「……重かっただろうからな」
「義勇さんを吃驚させたかったので……」
「……呼んでいい」
「……はい」
 義勇の心遣いが嬉しい。決して持って帰れとは言わず、それどころか自分を呼べという。
 お揃いの食器を置いておいていいと暗に言われ、しのぶは安堵する。場合によっては持って帰らないといけないかもしれないと思っていたからだ。
「でも、まだ足りないものありますから今度一緒に買いに行きましょう」
「……十分だろう?」
「全然足りませんよ」
「……そうか」
 まるで見当が付かないという表情の義勇をちょっと可愛いと思ってしまうしのぶだった。
 そして暫く考え、しのぶが足りないというのであればそうなのだろうと最終的には納得したらしい。
「……分かった」
「はい」
 何が足りないとか話しながら二人の食事は進んでいき、
「旨い飯だった」
「どういたしまして」
 そんな言葉で終わった。
 そしてしのぶが食器を片付けようとすると、義勇が止めた。
「……俺がやるから座ってろ」
「一緒にやりますよ。でも義勇さんもマメですよね、結構」
「……どういう意味だ」
「昨日もですけど、食器洗いとか手伝ってくれますし」
「作って貰ったら当たり前だと思うが」
 その辺は姉の教育が非常に大きい。が、実際旨いものを食わせてくれた相手に礼を尽くすのは当然と思っている。
「優しいですね」
「……そうでもない」
 優しい人間が生徒を襲うわけもない。いくら誘惑が強くても……
 結局二人で皿を洗って片付け終えると、
「……送っていく」
[[rb:徐 > おもむろ]]に掛けっぱなしのスーツに手を取ると、義勇はそう言った。
「……もしかしてスーツを着るんですか?」
「……流石にジャージは無いだろう?」
「……私のためですか」
「……まあな」
 手早く着替える義勇を見つめながら、
「それだけで違う人に見えますよね」
「……苦手だからな、この手のは」
 特にネクタイは苦手である。首を絞められてる気分に偶になる……今回は特に強く感じるのは気のせいではないだろう。
「さて、お前の姉にどやされるな……」
「それでは一緒に怒られましょう」
「……あのな」
 それで済むはずもないが、自分の理性の無さが招いたことだと自戒する。
「あ、義勇さん、家を出る前に連絡先教えてください」
 電話番号を知らなければ連絡もへったくれも無い。
「……ああ」
 自分のケータイを出して、しのぶに渡す。当たり前のように受け取って彼女が連絡先を登録していく。
 流石今時の少女である。この手のは素早かった。
「義勇さん、どうせ禄に使ってない……連絡先少ないですね」
 無理に覗くわけでもないが、彼の連絡先覧はどう考えても少なかった。
「……面倒だからな」
 ある意味ほっとしますけど。友達が欲しいくせに何してるんでしょうね、この人。
「名前はどうする気だ」
「私の方は義勇さんの名前をちょっと変えておきますから。義勇さんの方も少し変えますね」
 そういう問題でもない気がするが、しのぶに任せておく。
 表示された名前は確かに一見は胡蝶しのぶの名前にはなっていない。
「しのぶを漢字にしたのか……あと蝶屋敷か。忘れないな、確かに」
「あんまり奇をてらうと義勇さんが分からなくなりますし」
「お前の方は?」
「内緒です……」
 友人にバレないように、でも義勇の名前を消したくないので少し遊んで付けてみた――教えないですけど。
 登録を終え、しのぶはケータイを義勇に返した。
「……後、準備はいいか?」
「あ、はい、大丈夫です」
 朝食の支度前にしのぶは髪のセットも着替えもしておいたのでさほど準備は必要なかった。それでも気を遣ってもらえるのは嬉しい。
 荷物を持ってしのぶが出ると、義勇が部屋の鍵を閉めた。
 ど、同棲したらこんな感じなのかしらと思いつつ、並んで歩く。
「義勇さん、これもこれでデートっぽいですよね」
「……そうか」
「駅までなら手を繋いでもいいですか」
「……ああ」
 断る理由が義勇にはない。
 しのぶから差し出された手を握り、しのぶのペースに合わせてゆっくりと歩き出す。
 このまま駅まで着かなくてもいいとすら思いながら。
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