「二人ともいい度胸ですね」
開口一番、胡蝶カナエはそう言った。しのぶだけが帰って来たかと思えば、義勇と一緒である。しかも普段ジャージしか着ない男がスーツ姿で来訪とくれば、何があったかなど想像が付くと言うものであろう。
流石に玄関先での話でもないだろうとカナエが二人を家に招き入れ、応接間に通した。
しのぶにしてみれば我が家なのだが、今は何処か違う場所のように感じた。
御茶を淹れ、二人の前に置きながら、
「わざわざ二人で来るなんて本当に……」
カナエはそれ以上は言わず座る。
如何な義勇でもカナエの怒りくらいは理解できる。そもそも殴られても当然だ。だから義勇は自分がかぶることを選んだ。
「しの……胡蝶は悪くない。俺が無理に留め置いただけだ」
「ぎ……冨岡先生は悪くないですよ。私が押し掛けたんですから」
しのぶも慌てて、訂正をする。まさか庇ってくるなんて思ってはいなかった。何しろ押し掛けたのは自分だ。
どちらも互いに名を呼び合うのはまずいとは思ったため、言い直したが既に遅かったらしい。
「……あら、二人とも名前呼びと来ましたか」
その瞬間、間違いなく空気が凍った。
「しのぶも嘘までついて冨岡さんのところへ行ったんですね」
「嘘は言ってませんよ。ちゃんと姉さんに泊まってきますって言いましたし」
「で、冨岡さんがいつからあなたの友人になったんです?」
「可愛い生徒が遊びに行ったらいけませんか、胡蝶先生」
わざと姉をそう呼んで、しのぶは言った。
「あなたの遊びに行くは意味が違うでしょう。まったく冨岡さんも冨岡さんですよ。幾らしのぶが押し掛けたからと言って!」
そこは誤魔化せないかとしのぶは思う。義勇の性格を思っても確かにしのぶを呼び寄せたりはないだろう。
けれど義勇は端的に一言を発した。
「……すまん、だが、後悔はない。胡蝶、しのぶには手を出さないで欲しい」
「義勇さん……」
自分に非があると義勇は言い、事実それは間違いないと本人として思っている。どうあろうと律すべきだったのだから。
「……なるほど。冨岡さん、私に殴られる覚悟くらいはあるわけですね」
「……幾らでも」
ふーっとカナエはため息をついた。
「……二人が再会したときから[[rb:理 > わ]][[rb:解 > か]]ってはいましたけど。せめて卒業くらいまでは待てると思ったんですけどね」
じろりとしのぶを見つめ、
「それで? これからどうするおつもりですか?」
カナエは義勇に問うた。
「……無論、責任は取る」
責任と来ましたか……つまりは……
カナエは頭を抱える。
「しのぶ――あなた何したの?」
「だって姉さん、義勇さんはモテるんですよ? 卒業までなんて待ってたら取られちゃうかも知れないんですよ? そんなの耐えられません!」
どれだけ鬱積した想いを持っていたのか、言いながらしのぶも自分で吃驚していた。
「……落ち着け」
静かに義勇が言い、その手を握ってやる。それだけでしのぶの心は直ぐ落ち着いた。
その様子を眺めながら、カナエは、
「しのぶは来年卒業ですし、それまでは教師と生徒のけじめは付けて貰いますよ」
二人を引き裂くような真似はしたくはないが、条件は付けるべきだろうとそう言った
「……分かった」
「姉さん、その、偶のデートか、ご飯とお弁当くらいはいいですよね……?」
「あまり大っぴらにしないように……冨岡さんのお台所事情はまあ、分かりますけど」
教師の間でも有名なのかとしのぶは思った。とりあえずデートの許可が取れたのでよしとしよう。
「それにしても……人が延々と頑張ってる中であっさりちゃっかりですか」
目の前でいちゃいちゃされると何処からか怒りが出てくる。
自分の想いはなかなか届かないというのに。
「……何を言ってる?」
「……姉さん、それ今関係ないです」
「関係ないことありますか! こっちがどれだけ頑張ってると思います? 冨岡さん?」
姉の想い人は彼女が散々モーションかけても中々振り向いててくれないらしい。
それを随分聞かされたが、今言うことでも無いとしのぶは思う。
ただこの状態の姉に逆らうことは選ばない……
「……八つ当たりか」
「その通りですけど、ここで言わない」
「何ですか、二人とも」
きっとカナエに睨まれ、二人とも蛇に睨まれた蛙の気分になった。
「……いや」
「……いいえ」
こほんっとカナエが咳払いをし、それにしてもと続けた。
「冨岡さんも甲斐性あったんですね、でも」
褒められてるのか、けなされてるのか分からない物言いだった。
それについて何と答えていいか、義勇には分からない。
「と、兎に角、姉さん、義勇さんとのことは理解してくれるってことでいいんですよね?」
彼に下手なことを言われないうちにとしのぶは姉に尋ねた。
「……仕方ないでしょう。無理に止めたらあなたのことだもの、冨岡さん家に住むつもりでしょう」
「バレました?」
そこまで考えていたのかと義勇は驚きつつ、そうなった場合、結局断れない自分を見た。
「……」
「誠意は認めますよ。冨岡さん、苦手なスーツもしのぶのためなら着るんですもの。普段はいくら言っても着ないのに」
着任した日以外、スーツは着ていないのでカナエには確かにけじめのために着ろとはよく言われていたのを思い出す。
「それでは次の終業式はちゃんと着て下さいね」
「ジャージでいいです、ジャージで」
慌ててしのぶが言うも、カナエはとりつく島を与えない。
「この際、我慢なさい」
「……はい」
姉の無情な一言には勝てない。それに学校でも義勇さんのスーツ姿を又見られるのは悪くないと思うので。
「……二人は仲がいい」
フッと微笑う義勇にしのぶだけでなく、カナエも一瞬見蕩れる。そして黙ってれば美形なんですよねと異口同音で呟いた。
「……俺にも姉はいるからな」
少し懐かしいとそう思った。義勇もよく姉には叱られたものだった。今もなおよく叱られるが……
「義勇さんのお姉さんにもそのうち会いたいです」
「……そうだな」
カナエがいるの忘れてしまうかのように微笑み合う二人を眺めながら、
「……羨ましい」
そう呟くのだった。