「結局泊まりになっちゃいましたね」
目を覚ませば既に朝になっていた。
今日は義勇さんの方が早起き……
「まあ、そうなるな」
姉さんに怒られる……よね。
義勇さんが連絡してくれてはいるけど……
「「胡蝶姉には俺も一緒に叱られる。そもそもお前は悪くない」
「……はい」
一緒にとそう言われるだけで嬉しい。
「朝は何処かで食べるか?」
「作りますよ?」
「昨日の続きだ。その前に風呂入るか。しのぶが起きる前に用意はした」
「……はい」
義勇なりの心遣いが嬉しく、そのまま背後から抱き付く。
「甘えん坊か」
「甘えん坊ですよ」
しのぶの方に向き直りポンッと頭を撫でてやる。それだけで花の様に少女は笑った。
彼女の様子を伺いながら、元通りのしのぶに戻ってるか? 昨日の今日だから無理をしているかも知れないなと思う。それでも明るく笑う表情に嘘は見えなかった。
「……今日も洗ってか?」
「勿論! 義勇さんとお風呂するなら洗って貰います」
「……物好きが」
言いながらも義勇は微笑んでおり、しのぶはその笑顔に癒やされる。
ああ、本当にこの人が好きなんだ。
「……入るぞ」
「はーい」
義勇さんがいれば大丈夫、そう信じることが出来た。
‡ ‡ ‡
風呂を終えた後、しのぶは昨夜脱ぎ散らかした衣服を拾い、身支度を調えていく。
髪は……このまま下ろしておいても……
今日はいつもと違う様にしてみようと思い、敢えて髪を纏めずにしておいた。
「……髪はそのままでいいのか」
「今日はちょっと下ろしてみてもいいかなと思いまして」
「改めて見ると何となく新鮮だな」
「そ、そうですか? いつも見てるじゃないですか」
「……大概、夜限定だからな」
その意味合いにしのぶは顔が真っ赤になるのが分かった。そして確かにそれはその通りだったからだ。
「義勇さんのいけず……」
「事実だ」
本当にもう……でも喜んでくれてるみたいだからいいですよね。
玄関で先に準備を終えた義勇が声を掛ける。
「用意は良いか? 忘れ物はないな?」
「ないで……」
しのぶが言い終わるより先に突然ドアを激しく叩く音がした。
「すって……なんか凄い勢いの方がいらっしゃいましたけど」
ぎゅっと義勇の腕にしがみ付き、背中に隠れる。
「……しのぶ、一先ず部屋に戻ってろ」
ポンッと頭を撫でて、安心しろと伝える。
こくんと頷いて、しのぶは言われたとおりに部屋へと戻って様子を伺うことにした。
彼女が部屋に下がったのを確認した後ドアを開ける。
「……煩い。ドアが壊れる」
そう呟きつつドアを開けると、そこに立っていたのは元風柱、現同僚の不死川実弥だった。
「不死川……」
義勇が何の用だという前に一方的に実弥が怒鳴り始める。
「冨岡、テメェ!! 毎週毎週、週末にAV大音響で延々観てるんじゃねェ! 眠れねェだろうがァ!!」
その怒鳴り声を聞いてしのぶは驚いた、と同時に焦る。
え、義勇さんのお隣さんって不死川……先生? AV……ってもしかしなくても私の声……?
顔から火が出る思いだが、義勇に言われたとおりおとなしく座って待つ。
そもそもどんな顔してればいいの……!
しのぶが一人でヤキモキしているのを余所に実弥の怒鳴り声は止まない。
「少しゃ隣人に気を遣いやがれっっ! 五月蠅えったらねェっっっ!!」
「……そうか」
「そうかじゃねェってんだよ!」
ふと何となく実弥が下の方を見遣ると義勇の靴の他にどう見ても女性用の靴がそこにはあった。
「……女物の靴……」
一瞬ぽかんとした後に義勇に向かって問い質す。
「テ、テメェ……まさか女、いるのかァ?」
「……ああ」
しのぶとのことを否定するつもりはないし、事実だからそう言う。
「……」
「どうした?」
急に無言になった実弥に義勇が尋ねるが、彼は一言返すだけだけだった。
「……聞いてねェ」
「お前何を言ってる?」
さっきから実弥が言っていることが分からないと義勇は思う。
「……とりあえず悪かったな」
煩くして悪かったと言うべきだが、そこは義勇という男なので言葉が欠ける。
「う、五月蠅え! 兎に角静かにしやがれって言ってんだよ!!」
そう怒鳴り、実弥はさっさと自分の部屋へ戻っていった。
ヤケに顔が赤かった様な気もするが、元からよく怒っている男なので深くは考えないでおく。
それにしても隣へ聞こえてるとは流石に思ってはいなかった。
「……引っ越しも考えるか」
「義勇さん?」
声が聞こえなくなったのでしのぶが心配げにこっちを見ていた。
「ああ、もういいぞ。帰った」
「……聞こえてたんですか?」
「あいつの耳が良すぎるだけだと思うが」
そもそも義勇の部屋は角にあり、隣室との間には押し入れがある。普通ならそこまで聞こえるものでもないだろう。そこは元風柱ということなのかも知れない。
「……で、でも」
「しのぶは気にしなくていい」
「気にします…………そもそも義勇さんが激しいからいけないんですよ」
「お前が可愛いからな」
さらりとそう言われて何も言えなくなり、義勇の胸をぽかぽか叩いて抗議にならない抗議をする。
「お前が気にするなら手を出さない」
「……それは嫌です……」
しのぶにその選択肢は選べない……例え聞こえると言われても……
「それにしてもお隣が不死川さんってなんで教えてくれないんですか?」
「……思い付かなかった」
「……そうですか」
考えてみればしのぶも誰が隣などとは気にもしていなかった。実弥の様子からして自分が来ていることは気が付いてないと思われる。
絶対バレない様にしないといけないですね。
実弥の性格を考えるに生徒と教師なんて関係知ったらどうなるかはあまり考えたくない。
「……お前は気にしなくていい」
……いや、気にしますとは思ったが、
「どうせあいつは俺に聞いてこない」
その一言に納得しか出来なかったしのぶであった。